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「インディオの聖像」書評 未刊行の「中南米バロック」探究

評者: 稲泉連 / 朝⽇新聞掲載:2022年07月09日
インディオの聖像 著者:立花 隆 出版社:文藝春秋 ジャンル:哲学・思想・宗教・心理

ISBN: 9784163915470
発売⽇: 2022/05/27
サイズ: 22cm/166p 図版32p

「インディオの聖像」 [文]立花隆 [写真]佐々木芳郎

 昨年4月に亡くなった立花隆氏は36年前、本書の共著者である写真家の佐々木芳郎氏とともに南米を旅した。当時、立花氏は46歳、佐々木氏は27歳。二人が旅のテーマとしたのは、17世紀の中南米でイエズス会が建設し、わずか150年の間に消滅した「伝道村」だった。本書は一部が雑誌に発表され、初稿も完成していたものの、立花氏の改稿作業が進まずに単行本化されていなかったそうだ。
 スペインによる植民地化とともに、キリスト教の伝道が行われていた時代。キリスト教化されたインディオたちによって生み出されたのが、「中南米バロック」と呼ばれる独自の芸術世界だったという。
 スペインによるあまりに無慈悲な殺戮(さつりく)と差別の背景に、どのような世界観があったのか。そして、その激しい衝突の中で宣教師たちは、なぜジャングルの奥地にヨーロッパにおける「ユートピア思想」にも似た村を建設したのか。
 膨大な資料を消化して自らの言葉で語る分析は明快にして深く、ときにユーモアと辛辣(しんらつ)さが溶け合う。殉教を自ら望んだ宣教師の思想や時代背景を執拗(しつよう)に解説し、当時の植民地支配とキリスト教観の本質を思索する筆致はまさに「立花節」であった。
 また、それとともに掲載される佐々木氏の写真が、なんと興味深く、美しいことだろう。
 イエスやイエズス会の創始者たちの聖像、板絵や彫像、礼拝堂の壁画……。
 見る者を魅了するこれほどの芸術が当時の中南米に生まれた凄味(すごみ)を、頁(ページ)をめくりながら感じずにはいられない。
 本書は一度、ローマ教皇に立花氏の文章のない写真集として手渡されたという。その書籍化を自らの「宿題」として抱きかかえ、世に問うた佐々木氏の思いを「あとがき」で読んだ時、私には一つの作品の辿(たど)ったドラマが胸にしみるようだった。
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たちばな・たかし 1940~2021。ジャーナリスト。著書多数▽ささき・よしろう 1959年生まれ。写真家。