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「ダイアローグ」書評 ファッション変えた思想と方法

評者: 江南亜美子 / 朝⽇新聞掲載:2022年08月20日
ダイアローグ 著者:ヴァージル・アブロー 出版社:アダチプレス ジャンル:伝記

ISBN: 9784908251153
発売⽇: 2022/07/15
サイズ: 21cm/199p

「ダイアローグ」 [著]ヴァージル・アブロー

 2021年11月にヴァージル・アブローが心臓の珍しい癌(がん)によって41歳で早逝(そうせい)したとき、それはひとりの前途有望な黒人服飾デザイナーの死であると同時に、物事の見え方を変え、新しい価値観を生み出し続けたゲームチェンジャーの死を意味していた。本書は生前のアブローの理知的な声が聞こえる対話集である。
 米国イリノイ州にガーナ移民の子として生まれ、大学で土木工学、大学院で建築を学んだ彼は、10代で熱狂したヒップホップとグラフィティをファッションに衝突させるところからキャリアを築いた。ミュージシャン、カニエ・ウェストとの長きにわたった協働は、学生時代に始まる。
 早くからオリジナリティーより「編集」による再構築に意味を見いだし、安く仕入れた他社製品にカラヴァッジョの絵と「PYREX23」とプリントしただけのものを高い値段で販売したが、パイレックスはドラッグを熱する器具、数字はマイケル・ジョーダンの背番号を表す。つまり黒人青年が貧困街から脱出する二択をアイロニー、あるいは批評として響かせたのだ。
 マーケターとしても優秀な彼は、イケアやナイキとのコラボを成功させ、自身のブランド「オフ―ホワイト」ではストリートウェアがラグジュアリーブランドの主力の一角をなす現在の流行を牽引(けんいん)した。「超商業的なものはなぜ芸術的であってはいけないのか?」
 世代間の衝突を楽しむように、考え方の革新を体現してきた彼にとって、18年の、ラグジュアリーの最高峰といえるルイ・ヴィトンのメンズウェア・アーティスティック・ディレクターへの就任は「西洋の価値基準に対立する」ための、トロイの木馬だった。ファッションを特権階級のみが享受するものから解放し、さて次は……とここで命は尽きたが、彼の思想・メソッドの多くはテキスト化され、若い世代の血となり浸透している。領域を越えよ。そのメッセージは熱い。
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Virgil Abloh 1980~2021。米国出身のデザイナー。2013年にファッション・ブランド「オフ―ホワイト」を設立。