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BL担当書店員の気になる一冊【2022年7月〜9月の近刊&新刊より】

「投げ銭」から始まる恋(井上將利)

 ここ数ヵ月のうちに登場したBLコミックスから気になる作品をピックアップする今回のBLことはじめ。ご紹介するのはmimosaレーベルから今月発売されたばかりの「繋ぐ指先、瞬く世界」(リイド社)です。本作が作者しのだ楚芭(そば)さんの初コミックスということで、まずはおめでとうございます!

 物語としては平凡なサラリーマンの内海が定食屋で見知らぬ青年に「ゲーム、最近してる?」と急に話しかけられる場面から始まる本作。内海はかつてゲームの実況配信をしていたことを思い出し「もしや彼は当時のリスナー?」と考えつつ、10年ぶりにゲーム実況をしてみると突如5万円の投げ銭が……。内海は困惑しつつも定食屋の青年が贈り主なのではと考え、再び彼に会ってお金を返すためにSNSで自分の居場所を発信し続けることに……。すると思惑通り、青年・亘(わたり)が内海の元に現れるも5万円は「いらない」と言って受け取りません。

「繫ぐ指先、瞬く世界」より ©しのだ楚芭/リイド社

 しかし内海も頑固者、それならばと「僕と遊んでよ」と一緒に遊ぶために5万円を使うことを提案し、何故か2人はカフェや居酒屋で遊ぶ仲に……。

 内海は良い意味で平凡な印象で身近に居そうな親近感の沸くキャラクター、逆に亘の方はどこかミステリアスで隠し事がありそうなキャラクターで、実際、彼の正体は物語の重要な要素にもなっています。そんな2人が食事をしたり、ゲームセンターで遊んだり、好きなゲームについて語り合ったりと、素朴で楽しそうな描写が読んでいて癒されます(笑)。

 また2人の人間性がセリフや言葉に現れていて、彼らの存在に奥行きがあるのも本作の見どころ。彼らの不思議な関係は思わぬ方向へ向かっていくのですが、そこは是非読んでみて下さい!

 ちなみに作者がデビューした雑誌「Daria(ダリア)」の読切作品「嘘に告ぐ」「とわとはたとキスの夢」も拝読したのですが、今回のコミックス含めそれぞれ異なるテーマ性やテイストを描き分けられており、キャラのパーソナリティをしっかりと作り込んでいる印象を受けました。

 きっとすごく丁寧に作品を作られているんだなぁと思いつつ、また作者の登場人物に対する愛情が伝わってきて読み手としても楽しい気持ちに! そんなしのだ楚芭さんの今後の活躍にBLファンとして期待しています!

終末世界で紡がれる愛の物語(原周平)

 BLは1巻完結の作品も多くて、もっと楽しみたいな~なんて寂しくなったりもします(笑)。そんな中、最近続きが楽しみな作品がまた1つ増えたんです。今回はこちらをご紹介します!

 ARUKUさん「昨日、君が死んだ。」(幻冬舎コミックス)

 先日第2巻が発売になり、まだまだ続きそうな展開に目が離せません! 表紙の2人は穏やかな表情なのに、タイトルとのギャップがすごい、と思い手に取ってみたら、衝撃的面白さでした。

 舞台は日本のような、異国のような、不思議な雰囲気の世界のどこか。息絶えて横たわる、密かに恋焦がれていた男・護堂(ごどう)を眺める羽繕(はづくろ)の語りから始まります。いきなりエッ?となる導入ですが、次のページではさらに驚きが。この世界は何か大変なことが起こり、人類が壊滅的状況にあるようです。そんな中で生き残った羽繕は仕立て屋としての仕事を続けていて、謎の客から謝礼としてミシンを受け取ります。そのミシンには魔法の力があり、縫ったものに命を宿すことができるのでした。護堂の形を真似た人形を縫い上げると、なんとそれは動き出すのですが、“たましい”の無い未完成なものに。羽繕は人型・ゴドーと、こちらも縫って命が宿った猫と雑巾とともに、護堂の“たましい”を探す旅に出るのでした。

 物語は2人の過去を交えながら、旅の途中の様々な出会いと別れを描くオムニバス形式で進んでいきます。出会うのは人間だったり、天使や悪魔だったり、それぞれ明るい話もあれば、深く考えさせられるものもあって、どのエピソードもじっくり読み返したくなります。羽繕の優しさが生みだしていく絆が、後のストーリーでも繋がってくるのが素敵。酷い目に遭っても決して人を憎んだりしない羽繕の人柄、そしてメルヘンチックな雰囲気も漂う独特の終末世界で描かれる生と死に残酷ながら感動もして、BLという枠を超えて面白いんです。

 第2巻で特に好きなエピソードは「君のためのクッキー」。ゴドーが一生懸命作ったクッキー、こんなにおいしいお菓子は食べたことがない、と言って苦笑いする羽繕、過酷な世界で2人のほっこりなひとときを眺められました。でも、そんな穏やかなことばかり続きません。火焔獣の炎から羽繕を守り燃え尽きるゴドーにはショック……。どうなってしまうんでしょうか!?

「昨日、君が死んだ。」2巻より ©ARUKU/幻冬舎コミックス

 困難な旅路を通して色々な個性的な存在と交流しながら、はじめは弱々しい印象だった羽繕もいつの間にか逞しく見えるくらい成長していきます。そしてゴドーも人型を超えた何かになりつつあるようで……。さらに探し求めている護堂の“たましい”も実は羽繕のそばに寄り添っていて――! 独創的な世界観で紡がれていく3人(?)のお話は、ザ・BLではないかもしれませんが、とっても魅力に溢れています。なんだか羽繕にもまだ明かされていない秘密もありそうな!? これからどんな出会いがあるのか、結末はどうなるのか、想像もつきませんが、2人のハッピーエンドを期待しながら楽しみにしたいと思います。

 Hなシーンも控えめなので、ストーリーをたっぷり楽しみたい方にはぜひオススメです!