村上貴史が薦める文庫この新刊!
- 『魔王の島』 ジェローム・ルブリ著 坂田雪子監訳 青木智美訳 文春文庫 1210円
- 『殺しへのライン』 アンソニー・ホロヴィッツ著 山田蘭訳 創元推理文庫 1210円
- 『覇王の譜』 橋本長道著 新潮文庫 825円
まずは仏のコニャック・ミステリー大賞を受賞した(1)から。本書には嘘(うそ)が書いてある。大きな嘘、小さな嘘、欺(だま)すための嘘、やむにやまれぬ嘘。そうした嘘が重なって物語となる。そんなミステリなのだ――というだけでは紹介文としてあまりに不親切なので、いくつかキーワードを。祖母が死んだ孤島への旅、10に及ぶ死体、棒人間の落書き、12歳で失踪した少女、避難所。それらが予想もしないかたちで連鎖し、二転三転し、衝撃の結末へと至る。反則とみなす方もいるだろうが、それでもこのスリリングな読書体験と結末の衝撃及び余韻を強く推す。
各種ミステリランキングで累計19冠の著者による(2)。元刑事のホーソーンが著者と同名の作家とのコンビで謎を解くシリーズの第3作だ。英仏海峡の島で開催される文芸フェスに招かれたホロヴィッツ(作中人物だ)とホーソーンは、フェス関係者が両足と左手を拘束されて殺される事件に遭遇……。この被害者、この手掛かり、この調査から、よくもまあ最終的にこんなにも意外な犯人へと到達できるものだと感嘆。著者の卓越した技量に、またしてもしてやられた。過去2作が未読でも愉(たの)しめる。
元奨励会会員の著者が、伸び悩んでいる青年棋士を通して将棋の世界を描いた(3)。白熱した盤上の闘いに魅了され、その準備における棋士たちの個性にも惹(ひ)かれる。盤面の外で展開される権力闘争もまた欲や策謀がドロドロしていて読ませる。終盤の大一番まで、新鮮なエンターテインメントを満喫した。=朝日新聞=2022年10月1日掲載