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円安と日本経済 価値の下落、望ましい政策は 東短リサーチ・チーフエコノミスト・加藤出

日銀の黒田東彦総裁は、為替介入について「過度な変動に対する必要な対応として実施され、適切だ」と語った=9月26日、代表撮影

 ドル円レートが24年ぶりの145円台に乗った。この円安が問題なのは、スピードが速すぎることに加え、円の実質の価値が悲惨なまでに下落してしまっている点にある。

 購買力平価や実質実効為替レートという円の実力を知るための“モノサシ”で測ってみると、我々が外国からモノやサービスを購入できる力は半世紀前並みに凋落(ちょうらく)していることが分かる。

 そういった“モノサシ”は為替レートを考える際に非常に重要なのだが、一般的にはあまり馴染(なじ)みがない。その点、野口悠紀雄『日本が先進国から脱落する日』は、ハンバーガーの価格の国際比較などを引用しながら、それらを分かりやすく解説している。

 さらに、同書は「円安の麻薬効果」を鋭く糾弾している。円安は輸出型製造業の収益を一時的には回復させる。しかしそれに頼り続けると、技術革新は進展せず、企業の競争力は高まらないため、賃金は結局伸びない。一方で、円安は輸入価格の上昇を通じて生活コストを押し上げ、国民の実質的な所得に大きな打撃を及ぼしてしまう。

対照的な米国

 評者は、1990年代後半の米財務長官ロバート・E・ルービンが「強いドルはアメリカの国益」といつも言っていたことを思い出した。共著『ルービン回顧録』(古賀林幸、鈴木淑美訳、日本経済新聞出版・品切れ)にこういう記述がある。「強い通貨を維持すれば、アメリカの消費者と企業は輸入品や輸入サービスをより安く享受でき、一般的にインフレは抑制」される。また、ドルの信認が高まれば、「外国資本の流入を加速」し、それがまた経済を成長させる好循環が生じる。しかし「ドル安はこれと反対の現象を引き起こす」。

 実際、四半世紀前と比較すると、ドルの実質実効為替レートは円とは逆に上昇し、米国の実質賃金も日本と対照的に大幅に伸びている。

 唐鎌(からかま)大輔『「強い円」はどこへ行ったのか』は、円安の功罪は慎重に議論すべきだというスタンスをとりつつも、円安は「日本経済全体にとってプラス」という日本銀行の主張の危うさを指摘している。また、経済学者が言う「国際収支の発展段階説」に即して考えると、日本は先進国の“夕暮れ”段階の「債権取り崩し国」になりつつあるのでは?と警告している。

 現在の円安の背景には、日本経済の長期的な構造問題が基調として横たわっている。しかし、短期的には日銀が超金融緩和策の修正を頑(かたく)なに拒んでいることから生じる内外金利差の急拡大の影響がある。円安で増幅されたインフレに多くの国民が苦しんでいるが、実は日銀はこの状況を千載一遇のチャンスと見ている。来年以降も物価が上がり続けるように超低金利を続ければ、インフレ率は目標の2%でいつか定着するはずだと彼らは期待している。

因果関係は逆

 しかし、そもそも日本経済低迷の主因は、インフレ率の低さにあったのだろうか? 因果関係は逆で、景気が悪い状況が続いたから物価下落(デフレ)が生じたのではないか? 吉川洋『デフレーション』は、「デフレは長期停滞の原因ではなく『結果』だ」「デフレの鍵は賃金」と明確に論じている。同書は、アベノミクスや黒田東彦(はるひこ)日銀総裁の超緩和が始まる直前の2013年1月に出版されたが、それらの“処方箋(しょほうせん)”が最初から誤っていたことをあらためて気づかせてくれる。

 超低金利や円安では日本経済の構造問題を治療できない。むしろそれらの副作用が深刻化している。黒田総裁は来年春に任期を終えるが、日本国民にとって本当に望ましい経済政策を議論すべきときが来ている。=朝日新聞2022年10月8日掲載