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「67歳の新人 ハン角斉短編集」 遅れてきた新人、細密なタッチで

©ハン角斉/小学館 ビッグコミックスペリオール

 かつて『ナニワ金融道』の青木雄二が45歳の新人として登場したとき、アクの強い絵柄と濃厚な人物描写に驚嘆した。こんな作家はもう出ないだろうと思っていたら、なんと67歳の新人の出現だ。小学生の頃から漫画家になりたかったが挫折。整骨院を営む傍ら45歳にして再びペンを執り、投稿を繰り返すも落選続き。それでも諦めず20年以上かかってデビューにこぎつけたというからすごい。

 初単行本となる本書はデビュー作を含む6編を収録。狂気じみた殺人犯の正体に虚を突かれる「山で暮らす男」、モテない男のペーソスがしみる「親父(おやじ)のブルース」、余命宣告された男の思わぬ最期を描く「黒い蝶(ちょう)」、幼い娘を殺された母の絶望と救済の物語「案山子(かかし)峠」など、いずれも妄想と現実が反転するような仕掛けをはらむ。聖と俗を併せ持つ人物たちのドラマは寓話(ぐうわ)としても読める。

 細密なペンタッチも印象的だ。なかでも謎の収容施設からの逃走劇「眠りに就く時…」の草木や星空、「模様」の顔にアザのある少女の描写には偏執狂的なものすら感じる。北海道の方言で「ばからしい」を意味するペンネームにも苦笑。遅れてきた異形の新人にマンガの多様性と可能性を見た。=朝日新聞2022年10月15日掲載