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「ガリバー旅行記」書評 よみがえる鋭い観察眼と批評性

評者: 江南亜美子 / 朝⽇新聞掲載:2022年10月22日
ガリバー旅行記 著者:ジョナサン・スウィフト 出版社:朝日新聞出版 ジャンル:

ISBN: 9784022518651
発売⽇: 2022/10/07
サイズ: 19cm/491p

「ガリバー旅行記」 [著]ジョナサン・スウィフト

 18世紀に書かれた『ガリバー旅行記』は、ひたすら面白く痛快で、現代も有効な社会風刺として人間存在への洞察力が息づいている。子供も読めるが子供だけに独占させるのはもったいない。破格に奇想天外な物語にひそむ鋭敏な批評性は、読者をしびれさせる。
 話はいわずと知れた、イングランド人ガリバーの異国探訪記だ。まずは小人国リリパットへ。続いて巨人国ブロブディングナグ、中空に浮かぶ小島ラプータ、そして理性的な馬が家畜人間を従えるフウイヌムで、さまざまな問題にぶち当たりながら冒険する。
 小人国では人々や街並みが自分の12分の1、巨人国では12倍であり、縮尺の違いにより世界の見え方が文字通り変わる。リリパットでガリバーは毎朝牛や羊、パンとワインに加えて600人の召使が用意される厚遇を得るが、帝はガリバー出現を雇用創出と経済循環に役立てた知恵者とも読める。力の不均衡という不利を、契約と交渉で秩序的に収めた帝も、隣国による侵略の危機に直面する。だがその対立と内乱の発端は、ゆで卵の殻のむき方の違いでしかない。ばかばかしく理不尽な理由から戦争が引き起こされるのだ。
 これは当時の宗教対立の揶揄(やゆ)と読めるが、戦争自体の愚かしさも風刺する。ガリバー自身は国々のあり方にジャッジはせず中立的に体験を報告するのみ。特定の視点に固着しない融通さが、読者が好きに教訓を読みとれる普遍性(古びなさ)につながるのだろう。
 巨人国での女性の胸部の描写やラプータでの学者たちのでたらめぶりなど、極小の豊かさに笑わせられ、他方、不死が実現した人々の孤独と苦しみや、優生思想の頑強さなど、現代にも通じる極大の課題にはっとさせられる。上からも下からも裏からも世界と人間を観察し尽くしたガリバーの視点を今こそ私たちは獲得すべきでは。軽やかな訳文と親切な注釈により物語世界へ一気に引き込まれる。
    ◇
Jonathan Swift 1667~1745。風刺作家、牧師。著書に『桶(おけ)物語』『書物戦争』。