1. HOME
  2. コラム
  3. 本屋は生きている
  4. SAKANA BOOKS(東京) 釣り新聞直営、魚の本屋は海を愛する僕らを待っている

SAKANA BOOKS(東京) 釣り新聞直営、魚の本屋は海を愛する僕らを待っている

 離島に行きたい。ライフワークとして離島の本屋の取材を続けているが、コロナ禍以降、ずっと行くのを控えていた。島の医療が心もとないことをよく知っているので、現在もまだ、向かう気持ちにはなれない。でもそうこうしているうちに、自分の中の「島成分」がどんどん薄れてしまい焦っている。

 離島の魅力のひとつといえば、魚がおいしいこと。海なし県で育った私は青魚がちょっと苦手だったのだが、ある島で食べたブリの刺身にびっくりし、以来大好きになった。ああ、島で魚が食べたい……。

 そんなことを考えながらフラフラと新宿区四谷界隈を歩いていると、まな板の上の魚のようなイラストともに、SAKANA BOOKSという看板が視界に飛び込んできた。

看板のイラストは魚とまな板ではなく、魚と本をイメージしている。

 えっ、魚と本?

 そのガラス張りの建物に入ってみると、「週刊つりニュース」と「週刊へらニュース」という釣り新聞を発行する、「株式会社週刊つりニュース」の社屋だった。

 受付を過ぎて奥にある部屋に目をやると、魚籠や和竿など釣りの歴史がわかる「釣り文化資料館」になっていた。その手前に書棚がある。どうやらここが、SAKANA BOOKSのようだ。

受付に立つ浦上宥海(うらかみ・うみ)さんに声をかけると、本がある場所は、以前は応接スペースとして使われていたと教えてくれた。

SAKANA BOOKSの浦上宥海さん。店内には全国各地の水族館のリーフレットが並んでいる。

応接スペースが本屋に変身

 2022年5月にプレオープンしたSAKANA BOOKSが、正式オープンしたのは7月2日。週刊つりニュースの船津紘秋社長は、数年前から応接スペースの活用を検討していた。そこにコロナ禍が起き人と会う機会が減ったことで、具体的なアクションを起こすことを決断した。

 空間を活用するだけではなく、釣りの対象の魚に興味・関心が湧く場所を作りたいとも思った。魚は釣るだけでなく、食べる・観賞する・飼う・描くなど多様なアプローチがある。そんな魚好きの"共通言語"になり得るのは「本」ではないか。本屋であれば、魚好きが集まれる場所になるかもしれない。2022年5月中旬からクラウドファンディングを実施し、目標金額を達成したことで、無事オープンにこぎつけた。

 浦上さんはSAKANA BOOKS立ち上げと同時に、つりニュースにやってきた。前職はバーテンダーで、これまで書店員経験はないという。

 「大学時代、国立国会図書館にこもって課題をこなすうちに、読書や調べ物をする楽しさに気が付きました。飲食業を経験して、お客さまと対面して話せること、自分でも想像していなかったような出会いがあることに気づき惹かれました」

社屋の前に鎮座する、釣り地蔵。すべての魚と海に感謝。

 浦上さんは名古屋で生まれ育っているが、三重県尾鷲市出身の父親は大の釣り好き。休みになると愛知県田原市の伊良湖や三重県の鳥羽、紀伊長島まで、釣りにでかけるのが習慣だったと語った。

 「たまに一緒に行ってキス釣りやカジキマグロのトローリングをしてたのですが、とにかく、水の透明度が名古屋港とは比べ物にならなくて。普段の生活は海と接することがほとんどなかったけれど、電車で30分程度の場所に名古屋港水族館があるので、ちょくちょく勉強をさぼって足を運んでいました。名古屋港水族館って入ってすぐの場所にシャチが展示されていて、スケールの大きさにも圧倒されますが、知的な表情や優雅に泳ぐ姿に、海の王者の風格を感じて。シャチのとりこになりました」

 これまで全国約80か所の水族館を巡り、2022年夏はサクラマスの滝越えを見るべく、北海道斜里郡清里町にある、さくらの滝を旅したそうだ。その際にそのサクラマスの遡上を見て、その生命力の強さに感動し、「この環境と魚をずっと未来まで守りたい」と使命感のようなものを感じたと語った。自分が好きな2つが重なる仕事はないかと探していた時に、SAKANA BOOKSのスタッフ募集を見つけ迷わず応募した。

 好きな魚は、と聞くと「カエルアンコウ」と即答するほど、海と魚とともに育った浦上さんだったからこそ、未経験でも任せてみようと判断したのだろう。SAKANA BOOKSのスタッフは、現在浦上さん1人。彼女と社長で運営している。

「作り手の思いが伝わる」魚の本たち

上下7段、横4段の書棚が1つと、両面ディスプレイの平台が1台のコンパクト構成。

 現在の在庫は約1200冊。魚がテーマであれば、釣り関係だけではなくノンフィクションや小説、絵本や写真集とジャンルは幅広い。もちろんレシピやレストランガイドなど、魚料理にまつわるものも手抜かりない。

 海洋ゴミや海洋プラスチックをリサイクルしたトレイなどの雑貨や、宮城県石巻市の水産会社が手掛ける缶詰といった、本以外のアイテムも並んでいる。いずれも浦上さんが主体となって、セレクトしているものだ。

 缶詰の上の棚に「FISH COOK BOOK」と書かれたものが置かれているのを見つけた。中に魚の干物が入っている。これは本? それとも……。

背表紙を見る限りではムックにも見える、FISH COOK BOOK。書棚にあっても違和感ナシ。

 「実はこの『FISH COOK BOOK』は、調理不要ですぐ食べられる魚のパックなんです」

 クラウドファンディングの返礼品にもなったFISH COOK BOOKは、アジやカマス、サバやブリなどおなじみ食材だけでなく、ヒオウギ貝といった、いかにも「島の魚」もある。奥付ではなくメーカー名を見ると、長崎県対馬市にある水産加工会社の名前が書かれていた。島の魚は今や、現地に行かなくても食べられるのね……。嬉しいけれど、ちょっとセンチメンタル。

 「自分の目で確かめて、読んでみて、心ときめくものを並べています。著者の思いが垣間見える本や、好奇心をくすぐられる想像の膨らむ本を置きたいんです」

 たとえば、小説の『藻屑蟹』と『鯖』。作者の赤松利市氏は会社経営者から一転して、除染作業員やファミレスのキッチンクルーなど、さまざまな「きつい仕事」を体験してきた人物だ。そんな赤松氏の作品を語る時の浦上さんの瞳は、凪の海の波光のようにきらめいていた。それはもう、キラキラと。

「本屋の棚は、水族館の水槽に似ている」

じっくり時間をかけて本を探していた鵜飼晃揮さん。卒論、期待してます!

 浦上さんにとっての楽しみのひとつが、店に来る人達との会話だ。ある時、連れ立って訪れた東京海洋大学生のリクエストで仕入れた本もあると語った。

 この日も浦上さんと話していると、1人の男性がやってきて真剣に棚を眺めていた。「魚に興味があるんですか?」と声をかけると、某大学の経済学部で環境経済学を学んでいるという鵜飼晃さんは、卒論のテーマのサケに関する文献を探しに来たと教えてくれた。なんでもTwitterを見て、店が気になっていたそうだ。浦上さんが、笑顔を浮かべた。

 「『SNSを見た』と言ってくれるのが、本当に嬉しくて。『魚の話ができると思って来ました』と言ってくれた方もいましたね。日常の中では、なかなか魚について話せる場所ってないですよね。私もお客さんと魚の話をするのが楽しすぎて、『これを仕事と言っていいのだろうか』と、毎日葛藤するほどです(笑)」

伝統的な釣り具が見られる、釣り文化資料館は入場無料。営業日・時間はSAKANA BOOKSと同じ。

 おススメの本を聞かれた際、浦上さんは「どんな魚が好きですか?」と聞くことにしている。その人が好きな魚を知れば、おのずとフィットする本が見えてくるようだ。本に詳しいだけではなく、魚にも詳しくコミュニケーション好きな浦上さんだからこその、選書スタイルになっている。

 試しに「私は魚そのものに興味がないけれど」と言ってみる。すると「魚をもっと好きになってもらう入り口として、水族館が手軽だから」と、写真家の銀鏡つかささんによる『日本の美しい水族館』(エクスナレッジ)をオススメしてくれた。今まで気に留めたことはなかったけれど、これは確かに読んでみたい。

 探している本が見つかった瞬間もときめくけれど、未知の本と出合う楽しさよ。これこそ、本屋で本を買う理由なのだと、改めて実感した。島に行けない日々だけど、本があればもう少し我慢できそうだ。

 「自分がこんな分野に惹かれるとか、関連書でこんな本があったんだと気が付くところに、実店舗に足を運ぶ面白さがあると思うんです。本棚は毎日在庫が変わるので、全く同じ日は一日もないです。水族館の展示も同じ魚が同じ水槽にいることはなかなかないし、光の入り方によっても全く違って見えます。なので、どちらも流動的な箱という意味で似た部分があると感じています」

 ところで、定休日は木曜と金曜となっているけれど、週末の平日が休みの本屋って、ちょっと珍しくないですか?

 「ちょうどその曜日は、つりニュースとへらニュースの校了日なんですよ」

 なるほど! いかにも週刊紙らしい発想だ。

クールなガラス張りの社屋の中に、熱い魚好きが毎日集っている。

 社屋の一角という限られたスペースであるものの、リアルに人が集まれるイベントやワークショップなどを今後計画している。魚好きの大人だけではなく、子どもたちに、もっとその魅力を知ってもらうことが、浦上さんの目下の目標だ。

 浦上さんの「うみ」は、当然本名。なんでも「凪の時もあれば荒れる時もある、そんな雄大な海をなだめられるぐらい、器の大きな人になって欲しい」という願いを両親は込めたそうだ。

 そんな浦上さん、一目見た瞬間に、「……浦上さんは心から海と魚を愛しているのだな」ということが分かる。理由については、ここではネタバレしない。でも気付かないかもしれないけれど、魚に興味があるならきっと「ああ!」と思うはずなので、それが何か気になったら(ならなくても)、ぜひ直接足を運んで確かめてみて欲しい。

(文・写真:朴順梨)

浦上さんが選ぶ、海と魚がもっと好きになる3冊

●『日本の美しい水族館』銀鏡つかさ(エクスナレッジ)

 それほど魚に興味がない、そんな方に魚を好きになる第一歩としておすすめするのが、水族館に行くこと。水塊に囲まれた非日常の空間を訪れたら、乾いた心もきっと潤います。水族館写真家・銀鏡つかささんの撮影する、生きものを活かす空間写真と水族館愛の伝わる文章を読んで、行きたい水族館を見つけてみてください。

『浦安魚市場のこと』歌川達人

 現在は閉場してしまった浦安魚市場。ここで暮らした魚屋たちの日常と浦安という街の移り変わりを記録した写真集。物を買うだけの場所でない、市場の本当の価値に胸がいっぱいになります。12月17日にドキュメンタリー映画も公開。

●『普及版 世界大博物図鑑2 魚類』荒俣宏(平凡社)

 歴史に残る魚類博物画の傑作を詰め込んだ美しい図鑑。知りたい魚に出会った時はまずこの本を手に取る。多言語での魚名の由来や人との関わり、神話、もちろん生態も。その圧倒的な情報量に未知の水辺への好奇心はもう止まらない。

アクセス