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三木那由他「会話を哲学する」 地道な哲学研究、熱い最前線

 読者のみなさんは、今から絶対に高橋留美子「うる星やつら」のラムのことは考えないでください。お願いだっちゃ!!

 …私は今何をしたのか。もしあなたの頭に人気漫画のキャラクターが浮かんだとしても、それはあなたの勝手ですと私はシラを切ることができる。私はあなたに「考えるな」と伝えた/コミュニケートしたのだから。しかし、私があなたをそう考えるように仕向けた/マニピュレートしたのも事実である。

 本書は、会話はコミュニケーションとマニピュレーションが重なり合ったものだ、という観点から、漫画、小説、映画といったフィクション作品の会話の中で何が起こっているのか鮮やかに分析してみせる。

 著者は、「言語哲学」と呼ばれる哲学分野の中でもかなりマニアックだが果てしなく面白い領域の専門家であり、『グライス 理性の哲学』といった学術的に手堅い仕事を発表してきた。そのじょうぶな基盤に支えられているのが本書であり、登場する概念や議論の進め方も十分に信頼できる。

 そんな背景など脇によけても、本書は2周楽しめる。1周目に得られるのは、配信サービスが溢(あふ)れる現在、次から次へとフィクション作品を大急ぎで消費するのではなく、ワンターンの会話に立ち止まって、その中身を考える喜びだ。なぜそう言ったのか/言わなかったのか? 著者に導かれ、自分で考えてみるのもいいだろう。

 2周目に得られるのは、自分の会話に立ち止まってみる機会だ。昔言われたあの言葉は悪質な印象操作ではなかったか? 自分のこの発言は不誠実な責任回避ではないのか? 言葉の力について、著者が提供する道具を使って自分でも考えてみるのはどうだろうか。

 堅実で地道な哲学研究が、幅広い層の琴線に触れる結果を生み出すことができるのを、著者は本書を通じて証明している。哲学はいつも熱く最前線なのだっちゃ!!=朝日新聞2022年11月26日掲載

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 光文社新書・1012円=4刷4万2千部。8月刊。「本書で取り上げられている作品の作家や漫画家、編集部がSNSで拡散し、普段新書を読まない層に届いた」と販売担当者。