「宗教の行方」書評 仏教・キリスト教 根底から探る
ISBN: 9784831810618
発売⽇: 2022/08/26
サイズ: 19cm/380p
「宗教の行方」 [著]八木誠一
本書は、宗教の可能性を、とくに仏教とキリスト教の共通点から探る連続講義の記録である。
半世紀以上にわたり独自の思想を切り拓(ひら)いてきた著者の八木誠一は、無教会派の内村鑑三の弟子であった父のもとに生まれ、キルケゴールで学位論文を書いた後ドイツで学び、帰国すると聖書学の日本における先駆者として広く注目を集めた。しかし以降、キリスト教の枠組みからラディカルに逸脱していった。
その発端は、留学中に偶然仏教に出会い、キリスト教と仏教とは根底において重なるものであり、問題はその根底にある何かであり、宗教そのものではないのではないか、という考えが芽生えたことにあった。そしてその考えを積極的に展開していったために、彼の学者としての道程は平坦(へいたん)ではなくなった。キリスト教からは異端とされ、仏教に歓迎されるわけでもなく、さらに哲学からは宗教は軽視される。自分のやっていることをどう呼べばいいのか分からないので、とりあえず「宗教哲学」といっているという。
本書は、宗教の本質を「統合」にみる。それは、キリスト教が「神の国」、浄土教が「阿弥陀仏の願」と呼ぶ、人間の平和的共生である。そこでは、自由と愛が、また独立性と共同性が、同時に成立する。そんなことは絵空事だと思う人がほとんどだろう。著者も、これは人間の努力では獲得できないとする。しかし、世界にはこれを促す強い力が働いており、よってこれは人間にとって本来的で自然な道だという。宗教が伝えようとしてきたことは、この力の隠れた存在なのだと。「宗教の行方」は、これを現代に通用する言葉で語り、その実現を求めることに見出(みいだ)される。
みずみずしい語りによる、宗教への非凡な切り込みが、新鮮で魅力的である。個人的には、本書の論が、私の交換様式論に重なるところが多いことにも、感慨を覚えた。
◇
やぎ・せいいち 1932年生まれ。東京工業大名誉教授(新約聖書神学、宗教哲学)。著書に『〈はたらく神〉の神学』など。