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「ジョン・デューイ」書評 好奇心が生む遊戯の思想と実践

評者: 藤原辰史 / 朝⽇新聞掲載:2022年12月17日
ジョン・デューイ 民主主義と教育の哲学 (岩波新書 新赤版) 著者:上野 正道 出版社:岩波書店 ジャンル:新書・選書・ブックレット

ISBN: 9784004319450
発売⽇: 2022/10/24
サイズ: 18cm/246,13p

「ジョン・デューイ」 [著]上野正道

 自分の思想を鍛えるには三種類の先達を読み込むことが必要だと私は考える。
 一、自己の幹を太く強くしてくれる同根の思想。
 二、自己と対立し常に批判してくれる違和の思想。
 三、自己の緊張をほぐしてくれる遊戯の思想。
 私にとってデューイは三番目の思想家にあたる。彼の柔軟な思想と実践はとても百年前に活躍した人とは思えないところが多い。
 ごく普通の人のための哲学と教育を探究した彼の人生とその魅力を伝える本書は、膠着(こうちゃく)した現状に絶望する前にまだ考えることが残されていると感じさせる。
 たとえば、生活に必要な作業や仕事を積極的にカリキュラムに組み込む実験。シカゴ大学哲学科主任教授のときに、作業室や実験室、台所や食堂を設置し男女ともに裁縫や機織りを一生懸命に取り組ませたり、大工仕事や調理をさせたりした。これは、生活技能を身につけるためではなく、芸術や歴史や科学を深いところから生き生きと学ぶためだという。知識偏重教育への批判にほかならない。
 「社会からの要求や経済的な圧力による狭い功利的な見方から解放されて、真に社会的な力と洞察力」を育むという彼の方針は、その正反対を進む現代日本教育に対する根源的批判として読むべきだろう。
 歴史学的に興味深かったのは、彼が社会から排除された貧困者やマイノリティーのための居場所「ハル・ハウス」を創設したジェーン・アダムズと交流があり、そこで活動を続けてきたことだ。孔子と同じ誕生日で主張内容に共通点もあることから同時代の中国で評価されたという逸話も面白い。
 本書を読むかぎり、黒人差別や女性差別と闘う活動にも積極的に関わったデューイの姿に、私は正しさの押し付けのような息苦しさをほとんど感じなかった。社会問題に関わる動機の根幹に常に胸がおどるような好奇心が根づいていて、その態度が知的に自由だと感じるからかも知れない。
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うえの・まさみち 1974年生まれ。上智大教授(教育学)。著書に『民主主義への教育』など。