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朝日新聞書評委員の「今年の3点」③ トミヤマユキコさん、藤田香織さん、藤野裕子さん、藤原辰史さん、保阪正康さん

トミヤマユキコ(ライター)

(1)わたしが先生の「ロリータ」だったころ 愛に見せかけた支配について(アリソン・ウッド著、服部理佳訳、左右社・2420円)
(2)それで君の声はどこにあるんだ? 黒人神学から学んだこと(榎本空著、岩波書店・2200円)
(3)キツネ潰し(エドワード・ブルック=ヒッチング著、片山美佳子訳、日経ナショナル ジオグラフィック・2200円)

 あまり気負わず、おもしろそうな本をその都度選んでいるだけなのだが、結果として、学問というものにいろいろな角度からアプローチした一年となった。
 ①は大学で創作講座を受け持つ著者が心血を注いで綴(つづ)る過去の記憶。恋人関係にあった教員の束縛や抑圧は、学問のすぐそばにある危機であり、誰もが陥る可能性のある罠(わな)だと感じた。
 ②は黒人神学に魅せられた青年による、まっすぐすぎるほどまっすぐな学びの記録。こんな気持ちで学問と向き合える著者が羨(うらや)ましい! 偏差値教育がいかに陳腐かを思い知った一冊。
 ③はかつてあった珍妙なスポーツを徹底的に掘り起こすまっとうな学問的手続きとは裏腹に、めちゃくちゃ愉快な読み物に仕上がっているのが最高。何度でも読み返したい。

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藤田香織(書評家)

(1)ザ・ソングライターズ(佐野元春著、スイッチ・パブリッシング・5280円)
(2)地図と拳(小川哲著、集英社・2420円)
(3)笑い神 M-1、その純情と狂気(中村計著、文芸春秋・1980円)

 読書中の楽しさだけでなく、ページを閉じた後、現実の世界が少し広がるような本に出合うと心が弾む。
 ①は今年いちばん「いい本読んじゃったなぁ!」とウキウキした対話集。小田和正、さだまさし、矢野顕子、桜井和寿、大瀧詠一といった二十四人のソングライターを招き、主に音楽詞表現について話を聞いているのだけれど、凄(すさ)まじく内容が濃い。数えきれない驚きと発見があった。
 今年は『君のクイズ』も話題になった著者だが、年末年始にはガッツリ浸れる②をお薦め。旧満州の架空都市を舞台に日露戦争前から約半世紀にわたる、骨太で重く、なのに自由な物語。年明けの直木賞候補にもなっている大注目作だ。
 最近のお笑いは……とお嘆きの方は③を。「見方」が変わります!

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藤野裕子(早稲田大学教授)

(1)フェミニズムってなんですか?(清水晶子著、文春新書・1078円)
(2)サイバネティックスの革命家たち アジェンデ時代のチリにおける技術と政治(エデン・メディーナ著、大黒岳彦訳、青土社・5940円)
(3)戦後日本の夜間中学 周縁の義務教育史(江口怜著、東京大学出版会・1万3200円)

 書評を通して、読むこと・書くことに改めて向き合った1年だった。取り上げられなかった数多(あまた)の良書から、新書・翻訳書・専門書を1冊ずつ紹介する。
 ①は、性暴力やケア、結婚など、いまフェミニズムが何をどのように問題にしているのかがわかる格好の入門書。歴史的な経緯も含めて、平易に解説する。
 ②は、1970年代のチリが舞台の歴史書。社会主義政権がコンピューター技術を核とするサイバネティックスを用いて国家統合を図った事実が興味深い。米ソ対立が色濃く現れる。
 ③は、義務教育の不就学者などが通った夜間中学に関する労作。制度面に加え、漁村・被差別部落などの地域社会、教師の教育実践を緻密(ちみつ)に描き、「周縁」から戦後の教育史を再考する。

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藤原辰史(京都大学准教授)

(1)亜鉛の少年たち アフガン帰還兵の証言 増補版(スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ著、奈倉有里訳、岩波書店・3520円)
(2)性的人身取引 現代奴隷制というビジネスの内側(シドハース・カーラ著、山岡万里子訳、明石書店・4400円)
(3)プリズン・サークル(坂上香著、岩波書店・2200円)

 ①は、ソ連によって戦地に送られた若者たちがそこで失ったものの内実と、生還しても社会によって根底から人間性を剝奪(はくだつ)されつづける惨(むご)さを描く。聞き取り相手の一部が政府に圧力を受けて彼女を名誉毀損(きそん)で訴えた裁判記録も壮絶。
 ②は、世界各地の貧困地帯で騙(だま)され、監禁され、売春させられる性奴隷の実態を、潜入調査で明らかにした良質なルポルタージュ。麻薬漬けにされ、殴られ、強姦(ごうかん)されて、男の相手をさせられる少女たちの言葉は、歴史が奴隷制を終わらせていないことを証明する。
 ③は、島根の男子刑務所で展開される回復プログラムの実態を撮影した同名映画の監督の手記。「犯罪」の背景にある、受刑者たちをかつて苦しめてきた広大な暴力の闇に絶句する。

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保阪正康(ノンフィクション作家)

(1)日本のカーニバル戦争 総力戦下の大衆文化 1937―1945(ベンジャミン・ウチヤマ著、布施由紀子訳、みすず書房・4620円)
(2)花嫁のアメリカ[完全版](江成常夫編著、論創社・3960円)
(3)ドレスデン爆撃1945 空襲の惨禍から都市の再生まで(シンクレア・マッケイ著、若林美佐知訳、白水社・4730円)

 コロナ禍、読書は最大の楽しみだった。手当たり次第に読んだ。著者の視点に納得した書を挙げておく。
 ①は戦時下の日本社会の大衆文化を、政府主導から解き放して見つめると、そこに国民の「祝祭(カーニバル)戦争」というべき抑圧されざる実態がある、と著者は見る。この視点での従軍記者、兵隊などの分析が新鮮である。
 ②は著者のライフワークをまとめた書。写真をふんだんに使い、1978年の取材から20年後に再取材しての報告書でもある。かつての敵国兵士を夫にし、アメリカで生きた女性の姿は歴史的存在である。
 ③は、第2次大戦末期の英米軍による都市の徹底爆撃である。この爆撃の持つ意味を英国人作家が人類史の立場で問う。戦争自省の普遍化に頷(うなず)き、共鳴する。

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>朝日新聞書評委員の「今年の3点」①はこちら

>朝日新聞書評委員の「今年の3点」②はこちら

>朝日新聞書評委員の「今年の3点」④はこちら