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朝日新聞書評委員の「今年の3点」④ 横尾忠則さん、石飛徳樹さん、行方史郎さん、宮地ゆうさん、藤井祐介・読書面編集長

横尾忠則(美術家)

(1)挑戦 常識のブレーキをはずせ(山中伸弥、藤井聡太著、講談社・1540円)
(2)怖い家 伝承、怪談、ホラーの中の家の神話学(沖田瑞穂著、原書房・2530円)
(3)SHO-TIME 大谷翔平 メジャー120年の歴史を変えた男(ジェフ・フレッチャー著、タカ大丸訳、徳間書店・1980円)

 年々、読書力が低下して今年も平均して月1本ぐらいしか書評が書けなかった。その中から特にスリリングな本を3冊選ぶことにした。
 ①『挑戦』は常識のブレーキを外す、まさに挑戦的な科学者と棋士の生き方にわくわくするものがあった。
 ②の『怖い家』はゾワッとする「伝承、怪談、ホラーの中の家の神話学」で、思わずわが家を怪異の眼(め)で眺めてしまった。
 ③の『SHO-TIME 大谷翔平 メジャー120年の歴史を変えた男』は、スリルに満ちた、血わき肉躍るプレーで世界を驚嘆させた若者の真剣勝負を書いた魂の記録である。
 3冊とも、肉体感覚に語りかけるドキュメンタリーがフィクション化する、その瞬間に興奮を覚えた。

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石飛徳樹(朝日新聞社編集委員)

(1)国鉄 「日本最大の企業」の栄光と崩壊(石井幸孝著、中公新書・1210円)
(2)「日本列島改造論」と鉄道 田中角栄が描いた路線網(小牟田哲彦著、交通新聞社新書・990円)
(3)鉄道の歴史を変えた街45(鼠入昌史著、イカロス出版・2640円)

 鉄道開業150年。乗り鉄・撮り鉄など多岐にわたる鉄道ファンを満足させる書籍が続々と刊行されました。私は小学生の頃から地図を広げて「ここに鉄道を敷き、ここに駅を作ろう」と妄想する敷設鉄(?)でした。そんな変人が夢中でむさぼり読んだ3冊です。
 ①は経営側から見た国鉄38年の歴史です。栄光のみならず、下山事件や洞爺丸事故などの裏面にも触れています。労使対立から分割・民営化への道程は多少経営側に寄っているかもしれませんが、真摯(しんし)な反省とともに語られています。①では少しの言及だった「日本列島改造論」と鉄道敷設との関係を子細に解説したのが②です。③は全国の特徴ある駅の写真をふんだんに使い、元敷設鉄の飲み鉄は大いに旅情をそそられました。

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行方史郎(朝日新聞論説委員)

(1)チェルノブイリ 「平和の原子力」の闇(アダム・ヒギンボタム著、松島芳彦訳、白水社・5720円)
(2)悪いがん治療 誤った政策とエビデンスがどのようにがん患者を痛めつけるか(ヴィナイヤク・プラサード著、大脇幸志郎訳、晶文社・3520円)
(3)とんこつQ&A(今村夏子著、講談社・1650円)

 多くの運転員や消防士らが命を落とした事故の全貌(ぜんぼう)を描き出す①。主な原因は運転ミスに帰せられ、欠陥が認められるまでには時間を要した。流刑地での刑を終えて戻った元所長へのインタビューが生々しい。とかくソ連体制下での出来事だと思われがちだが、今の日本に通底するものがないと言い切れるだろうか。
 腫瘍(しゅよう)のサイズが一時的に小さくなったとしても命永らえるとは限らない。驚くほど高額な薬が次々登場する今だからこそ②を読んで立ち止まって考えたい。
 心に秘密や弱みを抱え、器用には生きられない③の登場人物たち。必ずしもすっきりとした読後感ではない表題作以外の3編に私は心ひかれた。現実につじつまを合わせて生きる姿にどこかいつくしみを感じつつ。

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宮地ゆう(朝日新聞GLOBE副編集長)

(1)パンとサーカス(島田雅彦著、講談社・2750円)
(2)AI監獄ウイグル(ジェフリー・ケイン著、濱野大道訳、新潮社・2420円)
(3)ウクライナ戦争日記(Stand With Ukraine Japan/左右社編集部編、左右社・1980円)

 ウクライナ侵攻、安倍元首相銃撃、安保政策の大転換と、歴史に残る出来事が続いた今年、①は小説が現実を追い抜くかに感じた大作。ヤクザ、CIAエージェント、政商、ホームレス詩人、介護ヘルパーらが米国にも中国にも隷従しない日本を目指して繰り広げる壮大な「世直し」。創作の力に圧倒された。
 ②は新疆ウイグル自治区の実態を地道な調査報道で描いた労作。米中のIT企業と中国政府との関係が見えてくる。日本にも技術はすでにあり、監視国家へと進むかは、国民のリテラシーと意思しだいだと痛感。
 ウクライナ侵攻で多くの関連本が出たが、③は地元市民らの日記を日本で集めた企画が光る。静かな日常に突然戦争が入り込む様子が脳裏に刻まれた。

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藤井裕介(朝日新聞読書面編集長)

(1)死刑について(平野啓一郎著、岩波書店・1320円)
(2)日本国憲法の普遍と特異 その軌跡と定量的考察(ケネス・盛・マッケルウェイン著、千倉書房・3520円)
(3)語学の天才まで1億光年(高野秀行著、集英社インターナショナル・1870円)

 今週は書評委員の「今年の3点」をお届けします。読者のみなさんもこの1年に手にした本を振り返ってみてはいかがでしょうか。4月から読書面に関わるようになった私も、印象に残った本を挙げてみました。
 来週の読書面は休載します。よいお年をお迎えください。
    ◇
 ①は、様々な社会問題を作品で取り上げてきた小説家が、死刑についての様々な論点を踏まえ、存置派から廃止派へと変わる過程を示す。死刑をめぐる議論は社会のあり方をめぐる議論につながると指摘する。
 ②は、世界の成文憲法をまとめたデータベースをもとに、定量的に各国の憲法を比較し、制定時から改正されていない日本国憲法の特徴を明らかにする。
 ③では、アフリカの奥地などに分け入っていく探検家が、各地の言語の森にもずんずんと進んでいく。言語を学ぶ魅力があふれ、楽しめた。

>朝日新聞書評委員の「今年の3点」①はこちら

>朝日新聞書評委員の「今年の3点」②はこちら

>朝日新聞書評委員の「今年の3点」③はこちら