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朝日新聞書評委員の「今年の3点」① 阿古智子さん、石原安野さん、磯野真穂さん、稲泉連さん、犬塚元さん

阿古智子(東京大学教授)

(1)「暴力」から読み解く現代世界(伊達聖伸、藤岡俊博編、東京大学出版会・2750円)
(2)信仰の現代中国 心のよりどころを求める人びとの暮らし(イアン・ジョンソン著、秋元由紀訳、白水社・3630円)
(3)ソーシャル・イノベーション 「社会を変える」力を見つけるには(ジェフ・マルガン著、青尾謙訳、ミネルヴァ書房・3850円)

 戦争を身近に感じる2022年、①は身体への危害に加え、人権や尊厳を踏みにじる性暴力やジェンダー暴力、各種のハラスメントやヘイトクライム、保護すべき対象を放置するネグレクトなど、「暴力」を現代世界の状況に即して深く思考する材料を提供する。
 日本は旧統一教会問題に揺れた1年だったが、中国でも切実な精神面の変化を求める動きがある。長期にわたって中国の人々と行動を共にして②を記したジョンソンは、「経済を大半の決定の根拠としてきた社会に連帯と価値基準を回復させるにはどうしたらいいか」という問いを投げかける。
 ③は人々が自らの運命をその手に取り戻すため、政治・社会的変革に向けて集合的知識をどう蓄積し、生かすか、そのヒントを教えてくれる。

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石原安野(千葉大学教授)

(1)トゥアレグ 自由への帰路(デコート豊崎アリサ著、イースト・プレス・2420円)
(2)生きてりゃ踊るだろ(辻本知彦著、文芸春秋・1540円)
(3)沖縄のことを聞かせてください(宮沢和史著、双葉社・2420円)

 コロナ禍で冷めそうだった「自分の場所は自分で見つけたい」という気持ちを思い出させてくれた3冊。
 ①サハラ砂漠に魅せられた著者は遊牧民トゥアレグ族の千年以上続く塩キャラバンに同行。水のない砂漠をラクダで移動し国境を越える。過酷な旅で感じるのはかけがえのない自由だ。
 ②著者がダンスを本格的に始めたのは歳。自分で定めた道だからこそ、表現を深めようと戦略的に国内外で飛び込み、ダンスの地平を広げてきた。みんなが幸せになるように踊りたいという現在までを記す。
 ③沖縄出身ではないが沖縄と沖縄民謡をこよなく愛する著者が作った「島唄」は批判も招いた。沖縄の歴史と文化が未来の種として生き続けるためにできることは何か。葛藤しつつ、考える。

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磯野真穂(文化人類学者)

(1)ファスト教養 10分で答えが欲しい人たち(レジー著、集英社新書・1056円)
(2)ウンコの教室 環境と社会の未来を考える(湯澤規子著、ちくまプリマー新書・924円)
(3)犬に話しかけてはいけない 内陸アラスカのマルチスピーシーズ民族誌(近藤祉秋著、慶応義塾大学出版会・2640円)

 最近の教養は10分動画で咀嚼(そしゃく)でき、金儲(もう)けもできる何かとなった①。近いうちもっと短くなるだろう。3分はクッキング、ラーメン、そしてキョーヨー。そんなファストにウンコからの抵抗を試みるのが歴史地理学者の湯澤規子だ②。昔、貴重な肥料であったウンコは見たくない、価値なきモノに変化した。ウンコが汚れになる中で私たちは何を失ったのか? 研究書『胃袋の近代』の著者は、ウンコに軽やかに振り切った。湯澤と気が合いそうなのが、動物など多種との関係性から人間を考える「マルチスピーシーズ人類学」を牽引(けんいん)する近藤祉秋(しあき)である③。動物と共に生きることを彼は説くが、それは親分―人間、動物―子分の関係ではない。じゃあどんな? ヒントは「犬に話しかけてはいけない」。

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稲泉連(ノンフィクション作家)

(1)天路の旅人(沢木耕太郎著、新潮社・2640円)
(2)プリズン・サークル(坂上香著、岩波書店・2200円)
(3)マイホーム山谷(末並俊司著、小学館・1650円)

 ①主人公の西川一三は戦中に密偵として中国大陸に潜入、ラマ僧に扮して戦後も旅を続けた。彼の大胆な歩みを活写した本書は、一つの旅とはこのようにも描き得るのか、と感じさせる紀行文学の傑作。
 ②島根県に「TC」と呼ばれる更生プログラムを実践する刑務所がある。著者はその現場に密着。受刑者が「言葉」を交わし、そこから生じる「感情」と向き合っていくプロセスには、この社会のあり様そのものが映し出されている。
 ③労働者の街から福祉の街に変貌(へんぼう)を遂げた東京・山谷。かつてホスピス「きぼうのいえ」を設立した山本雅基氏は、全てを失ってその地で暮らしていた。人の弱さや「支えること」の一筋縄ではいかない重さが、胸にずしりと残る一冊だった。

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犬塚元(法政大学教授)

(1)日本の国会議員(濱本真輔著、中公新書・990円)
(2)子どもに学ぶ言葉の認知科学(広瀬友紀著、ちくま新書・946円)
(3)ワシントン 共和国の最初の大統領(中野勝郎著、世界史リブレット人・880円)

 昨年と同様に、取り上げることの少なかった新書とブックレットから選んだ。
 政治学分野では、データから多角的に実態と課題を論じた①を筆頭に、今年も中公新書のラインアップが目を引いた。最前線で活躍する研究者をうまく登用している。『日本共産党』『新疆ウイグル自治区』『近代日本外交史』『陰謀論』『田中耕太郎』なども出色だ。
 子どもの珍解答を手がかりに、言語認知のしくみを平易に解き明かす②からは、「犬塚」がよく「太塚」と誤記されるのはなぜかを学んだ。同レーベルでは『日本の中絶』や『思想史講義』シリーズもよかった。
 ③は、日本語圏におけるアメリカ革命史研究の良き伝統が、いまも途絶えていないと伝える一冊。初代大統領を共和主義者として読み解く。

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>朝日新聞書評委員の「今年の3点」②はこちら

>朝日新聞書評委員の「今年の3点」③はこちら

>朝日新聞書評委員の「今年の3点」④はこちら