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「お金に頼らず生きたい君へ」書評 人間本来の力で全てやってみる

評者: 稲泉連 / 朝⽇新聞掲載:2023年01月07日
お金に頼らず生きたい君へ 廃村「自力」生活記 (14歳の世渡り術) 著者:服部 文祥 出版社:河出書房新社 ジャンル:知る・学ぶ

ISBN: 9784309617459
発売⽇: 2022/10/27
サイズ: 19cm/270p

「お金に頼らず生きたい君へ」 [著]服部文祥

 「お金に頼らず生きる」とは、言うなれば「心意気」の問題なのだと著者は書く。
 人は文明社会に生きている限り、経済と無関係には生活できない。しかし、自明に見える便利さや効率性を一度括弧に括(くく)り、なるべくそのシステムから遠ざかろうとすることはできるのではないか――。
 そこで著者が三年にわたって実践してきたのが、ある山奥の廃村で自給自足に近い生活を送ることだった。長く使われていなかったボロボロの古民家を買い、「ナツ」という名の犬を相棒に「廃村自力生活」を試みたのである。
 著者の服部文祥氏と言えば、できる限り食料と装備を持たず、山で多くのものを調達しながら歩き続ける「サバイバル登山」の提唱者だ。この先鋭的な登山(あるいは思想)を描いた『サバイバル登山家』を読んだ時は、こんな強烈な人がいるのかと度肝を抜かれた。
 彼の廃村での日々もその延長線上にあるものだ。沢から水を引き、家の土間や五右衛門風呂の修復に試行錯誤し、さらには狩猟と農業で食物を得る。
 惹(ひ)きつけられるのは、行動の後から理屈が付いてくるそんな著者の突破力だ。社会の効率化と専門化に依存することをやめるとき、自(おの)ずと引き出されていく人間本来の能力のようなものがある。その力を頼りに全てをまずはやってみることから紡ぎ出される独自の文明論、と言えばいいだろうか。文明社会の負の側面を知り、新たな知識とともに昔の生活を「選択」することにこそ、未来の生き方があるのではないか、という境地に著者はたどり着くのである。
 何よりそのように生活する著者が、生き生きとしている様子が読んでいて楽しい。「生きるための労働」に大真面目で取り組み、生活とはかくも面倒なものなのか、と途方に暮れる。その実感の先に喜びを見出(みいだ)していく姿に魅力を感じた。
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はっとり・ぶんしょう 1969年生まれ。登山家、作家。著書に『サバイバル登山家』『息子と狩猟に』など。