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「ジャクソンひとり」書評 快感と恐怖 強烈なスピード感

評者: 金原ひとみ / 朝⽇新聞掲載:2023年01月21日
ジャクソンひとり 著者:安堂 ホセ 出版社:河出書房新社 ジャンル:小説

ISBN: 9784309030845
発売⽇: 2022/11/17
サイズ: 20cm/152p

「ジャクソンひとり」 [著]安堂ホセ

 主人公ジャクソンは、ある日過激なプレイを映したポルノ動画を見せられ、君ではないかと疑われる。同じ頃、同様の動画で脅迫されるジェリン。ジェリンから相談を受け、出ているのは俺だと偽り自ら動画をアップするイブキ。出演者の過去を探り合うリアリティショーに出るため、動画を削除しろと迫るエックス。
 ブラックミックス、ゲイという共通点を持った4人は動画に導かれるように出会い、仲を深め、次第に自分たちの交換可能性に気づき服のみならず財布まで取り換えて役を交換し、エンターテインに、そして復讐(ふくしゅう)にと駆り立てられていく。
 個性を大事にと叫ばれながら協調性を強要される社会に生きる我々にとって、彼らが秘めた交換可能性は希望にも、果ての見えない絶望にもなり得る。日本人には区別のつかない4人が入れ替わり世間を、読者たちをも欺いていく様子に、我々もまたそれぞれの役割を負わされた交換可能な駒であるという事実を突きつけられるのだ。
 警察の職質からラストのパーティにかけてのスピード感は凄(すさ)まじく、化かされているような、無数のブラックミックスたちと一緒に世界を化かしているような気分を行ったり来たりする。そして彼ら同様、溶け合っては散り散りになる自分、そして自分たち。こんなふうに分裂と統合を繰り返す快感と恐怖を同時に味わえる小説を、他に知らない。
 グルーヴに体を揺らした。いい映像を観(み)た。久しぶりにダッシュをした。自分の目に入っていなかった他者の視点で自分を見た。自分が諦めていたことを思い出した。諦めながら奴(やつ)らの首にワイヤーを引っ掛けいつ殺してやろうか虎視眈々(こしたんたん)と機会を窺(うかが)っているという己の暴力性をも思い出した。本書がじっとページを捲(めく)る自分にもたらした、宇宙のような体験の数々だ。そしておよそ筆舌に尽くし難い、細胞が一斉に覚醒するような、未知の物語に溺れる原初的恍惚(こうこつ)も。
    ◇
あんどう・ほせ 1994年生まれ。2022年、本作で文芸賞を受賞し作家デビュー。芥川賞候補にもなった。