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チャーミングな現代のおとぎ話「ミセス・ハリス、パリへ行く」など小澤英実が薦める新刊文庫3点

小澤英実が薦める文庫この新刊!

  1. 『ミセス・ハリス、パリへ行く』 ポール・ギャリコ著 亀山龍樹訳 角川文庫 990円
  2. 『嫉妬/事件』 アニー・エルノー著 堀茂樹、菊地よしみ訳 ハヤカワepi文庫 1188円
  3. 『ブラッドランド』(上・下) ティモシー・スナイダー著 布施由紀子訳 ちくま学芸文庫 各1760円

 (1)1950年代のロンドン。貧しいが腕利きの家政婦ミセス・ハリスが、得意先でふと目にしたディオールのドレスに恋に落ち、爪に火を灯(とも)して貯(た)めたお金で単身パリのメゾンに乗り込んでいく。階級の違いを乗り越える愛と友情に心が洗われ、本当の幸せとはなにかを考えさせる、チャーミングな現代のおとぎ話だ。ほろ苦い現実のペーソスが際立つ、異なる味わいの映画版と比べるのも楽しい。

 (2)昨年のノーベル文学賞作家によるオートフィクション。別れた彼に新たな恋人ができた時から妄執に囚(とら)われていく日々を記した「嫉妬」と、63年のフランスで、当時違法だった中絶の体験を克明に語る「事件」。「書くという行為はもしかすると、今ここにおいて、針を突き刺す行為とそう違わないのかもしれない」と作家が言うように、本書を読む私たちは、生み、死に、殺し、甦(よみがえ)ることが同時に起きている場の立会人になる。
 (3)タイトルの流血地帯とは、ナチスドイツとスターリン率いるソ連の間に挟まれ、両国の思惑により1400万の民間犠牲者が出たウクライナ、ポーランド、ベラルーシ一帯を指す。人間の所業とは思えぬ殺戮(さつりく)の描写がはてしなく続き、それを読むのに慣れていく自分に、人々を殺すことに慣れていったというある警官の証言がふと重なる。結論に置かれた「どのようにしてこれほど多くの人々の命を暴力的に奪うことができた(できる)のか」という人間性をめぐる問いを、どうか一緒に考えてほしい。=朝日新聞2023年1月21日掲載