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「ある行旅死亡人の物語」書評 痕跡たどり、浮かび上がった人生

評者: 澤田瞳子 / 朝⽇新聞掲載:2023年02月11日
ある行旅死亡人の物語 著者:武田 惇志 出版社:毎日新聞出版 ジャンル:ノンフィクション・ルポルタージュ

ISBN: 9784620327587
発売⽇: 2022/11/29
サイズ: 19cm/214p

「ある行旅死亡人の物語」 [著]武田惇志、伊藤亜衣

 行旅死亡人とは病気や自殺等で亡くなったものの身元が判明せず、引き取り者不在の死者を指す法律用語。日本では年間600から700名の行旅死亡人情報が官報に記され、どこかに帰る日を待っている。
 本書は2020年に兵庫県で行旅死亡人と認定された高齢女性の半生を追ったノンフィクション。残された3千万円超の大金、目撃者のいない「夫」など彼女の周囲は謎に満ち、ミステリすら想起させるが、本書が我々に提示するのはその謎解き過程だけではない。
 人は生きる限り、無数の痕跡を刻む。だがそれらを第三者が完全に理解することは不可能で、再現される人生はどうしても断片的となる。それは行旅死亡人であろうがなかろうが同じ。人生とは死と時を経れば、風に散る塵(ちり)の如(ごと)くはかない。しかし二度と戻らぬ時を過ごし、各々の生涯を生きるがゆえに、人は尊いのだ。熱量に満ちた筆致の奥から、人生とは、死とは何かを問う一冊である。