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エマニュエル・トッドさん「我々はどこから来て、今どこにいるのか?」インタビュー 「欧州や日本は人類史上未知の領域に」

エマニュエル・トッドさん

未知の領域歩む欧米や日本、展望を描きにくい

 2巻本の原著は2017年刊で、石器時代以来の家族構造の歴史から説き起こし、民主制と世界の現状を論じる。コロナ禍やロシアのウクライナ侵攻を受け、日本の読者向けに新たに書き下ろした論考も読める。自身にとって「最新情勢をふまえた集大成にあたる著作」だという。
 仏国立人口統計学研究所に長く勤めたトッドさんの専門は歴史人口学、家族人類学。人口統計を用いる定量的研究や家族類型に基づく分析によりソ連崩壊を予測するなど、50年近い執筆活動や発言は日本でも注目されてきた。近年は、日本核武装論を含む『第三次世界大戦はもう始まっている』『老人支配国家 日本の危機』(いずれも文春新書)といった問題提起を続けている。
 「私の発言は基本的に研究者としてのもので、政治的意図はない。エミール・ゾラのような伝統的な知識人とは違う」。仏第三共和政下で起きたドレフュス事件(1894年)で冤罪(えんざい)を告発する論陣を張った文豪を例に、自らの言論活動を語る。発言は「二つのディシプリン(学問領域)」である歴史学と人類学の知見に基づいており、現代の社会問題に介入し、特定の政治的方向へと議論を導く意図はないという。
 「著書が当時の仏首相に批判されることもあったが何も恐れることはなかった。研究者として怖いのは(分析の根拠となる)数値や(参考文献などの)レファレンス。私にもこうあるべきだ、こうあってほしいという倫理的な選好はあるが、それよりも興味深い数値を見つけたときのほうがわくわくする」

 読者からの反響の中には、反発もあった。「家族構造が重要だというと、保守反動の『儒学者』だと思われるかもしれない。日本は核武装を検討すべきだと説いて反発されたが、日本を欧米諸国と同じ国際社会の一員と見ているからこその提言だった」
 コロナ禍やウクライナ危機など激動の国際情勢の中で歴史にどう学べばいいのか。過去には、中東や北アフリカに民主化運動が広がった「アラブの春」を識字率上昇や出生率低下などから予測した。「キャッチアップ型の国々は今後の変化を予測しやすいが、欧米や日本は人類史上未知の領域に歩みを進めており将来の展望を描きにくい」と認める。
 「先進諸国はもはや歴史に学べず、歴史から解放されつつあると見られてきた」。だが、歴史に学ぶ意義を「人が望めばなんでも思い通りになるわけではない。もう少し謙虚に人類の歴史と向き合うべきではないか」と強調する。

過激な問題提起、背景に学問的蓄積 仏文学者・石崎晴己さん

 仏文学者・石崎晴己さんの著書『エマニュエル・トッドの冒険』も出版された。石崎さんはこれまでトッドさんの『新ヨーロッパ大全』や『帝国以後』『家族システムの起源』などの翻訳にかかわり、日本に紹介してきた。
 『新ヨーロッパ大全』(原著は1990年刊、翻訳は92~93年刊)は、家族システムという不動の土台の上に各国や諸地域の歴史が展開・進行すると論じた。『家族システムの起源』(原著は2011年刊、翻訳は16年刊)は、各地域の家族システムの変遷の歴史を土台として世界史が展開・進行していると論じた。
 一見すると過激な問題提起の背景にはこうした学問的な蓄積がある。一方で、石崎さんは「彼が暴き出す『不都合な真実』を参考に」「自分の頭で考える」必要を指摘する。今回の本格的な評論の出版により、トッドさんの学問や発言に対する理解が進みそうだ。=朝日新聞2023年2月15日掲載