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「逃亡の書 西へ東へ道つなぎ」書評 世界に対するラディカルな抵抗

評者: 稲泉連 / 朝⽇新聞掲載:2023年03月18日
逃亡の書 西へ東へ道つなぎ 著者:前川 仁之 出版社:小学館 ジャンル:ノンフィクション・ルポルタージュ

ISBN: 9784093888967
発売⽇: 2023/01/13
サイズ: 19cm/335p

「逃亡の書 西へ東へ道つなぎ」 [著]前川仁之

 この十年近く、著者は「逃げる技法」について調べ、考え続けてきたと書く。
 戦乱や災害から、ときには貧困から――。もといた場所を生きるために離れ、逃れた人々の知恵は、彼らを受け入れた人々を描くことにもつながる。そして、〈逃げて生き延びた者たちは、苦境に置かれた故国をよみがえらせる力を持ちうる〉。そんな思いがあったからだという。
 内戦が続く中東のイエメンから、韓国の済州島に難民として来た人々。ロシアとの戦争から逃れ、日本にやってきたウクライナ人たち……。言語に堪能な著者は、ときに日本語講師にもなりながら、彼らとの交流を続けていく。印象深いのは、各々(おのおの)の事情を聞いていくその眼差(まなざ)しが、常に「旅人」の色をまとっていることだった。
 例えば、フランスとスペインで著者は第二次大戦の前後に「逃亡者」となった対照的な二人の先人の足跡を追う。亡命先で天寿を全うしたカタルーニャの音楽家パウ・カザルス、逃亡の途中で自ら命を絶ったドイツのユダヤ系作家ヴァルター・ベンヤミンである。
 二人の足跡を自転車で辿(たど)る著者は、彼らが訪れた小村で持参したギターやハーモニカを取り出し、ときおり音楽を奏でながら、思索に耽(ふけ)ることもある。その思想家のような佇(たたず)まいと「取材」の速度が、何とも言えず心に響くのだ。
 済州島のバッティングセンターで難民となったイエメン人に野球を教え、ウクライナから日本にやってきた人たちとビールを飲む。そうした時間の中からしか見えてこない、遠い異国で暮らす人々の姿。そのなかで著者が見出(みいだ)そうとしたものとは何だったのか。
 それは言うなれば、「逃げる」という行為が、ときとして世界に対するラディカルな抵抗でもある、ということであるように感じた。「平和」への切実なメッセージが、なんとも不思議な読後感とともに胸に残る紀行ルポルタージュだった。
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まえかわ・さねゆき 1982年生まれ。文筆業。著書に『韓国「反日街道」をゆく 自転車紀行1500キロ』。