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同性婚をめぐって 差別を許さない社会を望む ライター・小沼理

2019年、アジアで初めて同性婚が法制化された台湾で結婚式を挙げるカップル=同年5月、台北

 マンションの隣室が空き部屋になっていて、内見に来た人と廊下ではち合わせた。軽く会釈をしながら、男二人で玄関から出てきた私たちはどう映っただろうと考える。「『見るのも嫌だ、隣に住んでいるのも嫌だ』と思う人が入居したらパニックになるね」と、狭いエレベーターの中で無理やり笑った。

 言うまでもなく、これは今年2月、当時首相秘書官だった荒井勝喜氏がオフレコを前提とした場で発した差別発言のことだ。自分に向けられた差別発言は簡単には忘れられず、ふとした時に思い出してしまう。

 数年前には、杉田水脈議員の「LGBTの人たちは『生産性』がない」という発言がメディアで批判的に大きく報じられた。この件を起点とするのが、北丸雄二『愛と差別と友情とLGBTQ+』だ。著者は25年間ニューヨークで暮らし、アメリカの変遷を見つめてきたジャーナリスト。冒頭では、当時ワイドショーでコメンテーターがこの発言に対し「もうそういう時代じゃない」と言ったことに違和感を覚えたと綴(つづ)る。いつ「そういう時代」ではなくなったのか。それは本当かと問う。

生身の姿伝える

 今回もこの問いから考えたい。オフレコの場でも言ってはいけないのはなぜなのか。なぜ同性婚や差別禁止法が求められているのか。「そういう時代じゃないから」で埋まらない空欄に、著者は権利とプライドのために闘う人々の姿を書き記していく。性的マイノリティも切れば血が出る生身の存在だと声を上げた人、それを受け止めた人が、時代を変えてきたことを伝えている。

 芥川賞作家の李琴峰による『ポラリスが降り注ぐ夜』にも、生身の性的マイノリティの姿が描かれている。新宿二丁目にあるバー「ポラリス」に集う女性たちの群像劇で、レズビアン、トランスジェンダー、アロマンティック/アセクシュアル、バイセクシュアル、パンセクシュアルなどの人物が、それぞれの葛藤を抱えて物語を織りなす。登場人物の視点を体験することで、カテゴライズされた観念的なイメージにとどまらない「個」と出会える。

 「LGBT」と一括(ひとくく)りにされることもあるが、その生き方や感じ方は属性や個人によって異なる。自分もゲイを代表する存在では決してないし、他の性のあり方も日々学んでいるところだ。尊重し知ろうとする、しかし完全に理解できるなんてことはないと思い続けることが大切だと考えている。

 石田仁『はじめて学ぶLGBT 基礎からトレンドまで』は基礎から今日的なトピックまで扱いながら、「『わかった』と思う瞬間に見えなくなるものがある」ことを念頭に置く。複雑に感じる箇所もあるかもしれないが、わかりやすさが何かを切り捨てていないか省みつつ読みたい。

語りで抵抗する

 最後に、近年トランスジェンダーに対する誤解や偏見に基づいた差別言説が激化している。特定の属性を理由に危険視し、排除するのは差別に他ならない。もしシスジェンダー女性の安全とトランス女性の権利が対立するかのような発言を見て不安になっても、本当にそんなことがあるのか、一度立ち止まってほしい。このことを考えたい人には、差別言説に多様な語りで抵抗する『反トランス差別ZINE われらはすでに共にある』(少部数出版する冊子だが、電子版は600円で購入可)が力になるはずだ。

 この原稿を書いている間にも、別の議員の新たな問題発言が明らかになった。嵐は止(や)まない。見るのも嫌と言われても私たちはここで生きているし、社会が変わってしまうと難色を示されても権利を諦めたくない。差別を許さない社会を望む。=朝日新聞2023年3月25日掲載