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荒井真紀さんの絵本「たんぽぽ」 じっくり観察すると見えてくる、生き物の面白さ

『たんぽぽ』(金の星社)より

植物の一生を描く

――春になると、公園や空き地、道の片隅で黄色いかわいらしい花を咲かせるタンポポ。とても身近な植物だが、どのように花が咲き、綿毛になって飛んでいくか、ご存じだろうか。美しい細密画が印象的な荒井真紀さんの絵本『たんぽぽ』(金の星社)は、タンポポが冬の間は地面に葉を広げて過ごし、春に花を咲かせて綿毛となってタネを飛ばし根付くまでを描いた、タンポポをじっくり観察できる作品である。

 もともと、自然科学専門の「ネイチャー・プロ編集室」(現アマナイメージズ)で、編集の仕事をしていました。その後、フリーのイラストレーターになって、自然をテーマにした雑誌や書籍の挿絵の仕事をしていました。あるきっかけから絵本の企画を考えることになり、植物の絵本を作ってみたいと思い、金の星社さんにお話ししたところ描かせていただけることになりました。

――最初に出したのは『あさがお』。小学校1年生で観察の勉強をする、子どもたちにとっても馴染みの植物だ。

 タネをまいて花が咲き、タネができるまでを観察しやすくて、子どもに花の形を説明するのに一番わかりやすい植物がいいなと思い、アサガオにしました。作っているときは、アサガオが教科書に載っていて学校で育てていることを知らず、後から他の出版社の方に「アサガオは特別なんですよ」と言われました。読者の方からのコメントに「夏休みの間、ぜんぜん観察してなくてもこの絵本があれば大丈夫。でも、ズルはいけないよね」というようなことが書かれていたこともありましたね(笑)。アサガオの写真の絵本はいくつかあると思うのですが、絵本はあまりありませんでした。小さいお子さんは、写真よりも絵の方がより親しみやすいと思うので、関心をもってもらえるのではないかと思っています。

観察から始まる絵本制作

――その後、『ひまわり』『たんぽぽ』とシリーズ化。どの作品も、描く前に実際に観察するところから始まる。

 アサガオ、ヒマワリは、タネから育てて観察しました。タンポポは多年草なので、春に近所の空き地に咲いていたものを抜いてきて花壇に植え、1年かけて観察しました。タンポポは何年育っているかで根っこの長さが違います。絵本の中では、何年も経ったものを参考に、長いものを描きました。

 観察するときは写真を撮ったり、虫眼鏡を使ったりしています。タンポポは、一つの花ではなく、小さな花がたくさん集まっているので、花の断面を切ってみたり、花を一つひとつ並べたりして観察しました。土の中で育っている部分や、どうしても観察できないところは、資料を参考にしています。自分の観察したことが本当に正しいのかどうかわかりませんので、必ず資料と照らし合わせて確認しています。

――圧巻なのが綿毛のページ。見開きいっぱいに200個の綿毛が丁寧に描かれている。

 できるかぎり、一つひとつ観察しながら描きました。絵は透明水彩で描いていますが、綿毛の白をどう表現するかが難しかったです。グレーになってもブルーになってもいけませんし、ただ白いと色が抜けたような感じになってしまいます。苦労しましたが、なんとか許容範囲でできたかなと思います。一冊仕上げるのには、色をつけるだけで1年くらいかかります。持久戦になるので、そこを乗り切るのが大変ですね。

『たんぽぽ』(金の星社)より

「へぇ」という発見がある絵本を

――『たんぽぽ』を読むと、いかに自分がタンポポのことを知らないか、見ているようで何も見ていないことに気付かされる。荒井さんが観察眼を身に付けたのは高校生の頃だった。

 子どもの頃は、特別、植物に関心があったわけではありませんでしたが、今思うと家に庭があったり、隣に大きな桜の木があったり、知らず知らずのうちに植物に親しんでいたのかなと思います。植物をきちんと見て真剣に描くようになったのは、高校生になって画家の熊田千佳慕先生に絵を習いはじめてからです。美大への進学を考えていたのですが、叔父が熊田先生の教室に通っていて、紹介してもらいました。先生は褒めて伸ばすタイプの方で、技法というよりも生き方や絵を描くことに対する姿勢を教えていただいたような気がします。結局、美大には進まなかったのですが、先生のところにはずっと通っていて、卒業後にネイチャー・プロ編集室に入社したときも、すごく応援してくれました。

――ネイチャー・プロ編集室では、昆虫を担当することに。

 編集部には、魚や鳥などを専門に勉強してきた人たちばかりで、私だけがまったくの素人。たまたま昆虫の担当が空いていて、植物や昆虫を描く熊田先生の弟子だからというだけで、私が担当に。昆虫のことなんてなにもわからなかったのですが(笑)。入社していきなり実践で、『小学なぜなぜふしぎサイエンス』(学研)という本を担当することになって、慌てて資料を読みました。調べまくって、自分ではそれなりにまとめられたと思って提出したのですが、「こういう本を買う子は、こういうことは全部知ってるんだよ」と言われてしまい、やり直し。必死になって、昆虫や植物のことを勉強しましたが、毎日「へぇ」という発見があって楽しかったです。編集部の中では、知識もないしダメな方でしたが、逆に、一般の人が面白いと感じる目線がわかるのはよかったんじゃないかなと思っています。今も、絵本を作るときには、できるだけ「へぇ」という驚きをもってもらい、そのことをきっかけに植物に関心を持っていただけたらと思っています。

『たんぽぽ』(金の星社)より

――観察するときのポイントはあるのだろうか。

 同じところをずっと見る、定点観測をすると面白いと思います。私はタンポポがいつ、どういうふうに蕾になっているのか、蕾の最初はどんな形なのか、そこがすごく見てみたかった。ほかの植物でも蕾から花になって、花から実になったり、タネになったりする変化を見たいという気持ちが強くありました。本を描くためには、ちゃんと育てないといけないというプレッシャーがあるので、ただただ楽しく観察はできないんですけど。うまく育たないとまた1年待たなくちゃいけなかったり、この瞬間を見たかったのに見ることができずに過ぎてしまったりと、なかなか思うようにいかず、3年くらい育てたこともあります。育ててみて、観察してみて初めてわかることも多いので、苦労はありますが発見もたくさんありますね。

『たんぽぽ』(金の星社)より

――これからも身近なものを中心に描いていきたいという荒井さん。

 野生のもので、とても不思議な成長をするものも描いてみたいと思いますが、まずは子どもがよく知っている身近なものを描いてみたいと思います。子供たちがその日から自分でも観察できるので、そういう題材を描いていきたいです。

 絵本といえばやはりフィクションの絵本が人気ですが、ノンフィクションの絵本も面白い世界が広がっているので、ちょっと堅そうだな、つまらなそうだなと思わずに親子で読んでみてほしいです。本屋さんに行くと、私の本は絵本コーナーではなく、自然科学の棚にあることがあって、絵本のつもりで描いているのに違うのかなと寂しく思うこともあるのですが、絵本として楽しんでもらえれば。絵本をきっかけに、植物や動物、生き物に関心をもってもらって、なんとなく見ていたものに、こんな世界があったのかと気づいてもらえるとうれしいです。