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フラヌール書店(東京) 棚から手作り。フリーランス書店員が初めて地元に構えたこだわりマイ空間

 この連載の担当編集・よっしーがナビゲーターをつとめるポッドキャスト「好書好日 本好きの昼休み」に少し前にお邪魔した。その際「これまで『本屋は生きている』で取材した店は、どこも閉店していない」と言ったのだが、収録後、残念ながらいくつかあったことに気がついた。

 たとえば早稲田のNenoi は、3月31日にクローズしてしまった。そして小石川のPebbles Books も、2022年7月15日から「休店」している。こちらは以前からなんとなく知ってはいたのに、頭からすっぽり抜け落ちていたのだ。

 うう、私のうっかりぶりときたら……。ちょっと落ち込んでいたところ、Pebbles Booksの店長だった久禮亮太さんが、3月7日に新しい本屋をオープンしたという情報を得た。場所は東急目黒線の不動前だという。オープンから1カ月経ち、そろそろ落ち着いたのではと判断して、不動前に向かった。

 私にとって、もっとも縁がない路線が目黒線や池上線などの、東急各線だ。故郷の群馬から遠いし、住まいも仕事先もほぼかぶることがなかった。なので不動前駅も、降りたのは今回が初。初めての街なので、ちょっとワクワクする。

 地図を頼りに歩くと、中高一貫の某男子校がデーンと建っているのが見えた。待ってここ、知人が先生をしてていとこが卒業した学校じゃないの。アウェイ感を吹っ飛ばしてくれたその学校の斜め向かいに、フラヌール書店があった。

オープンのお祝いらしく、胡蝶蘭が飾られている。

自宅から歩いて数分。ご飯が冷めない距離に

 Pebbles Booksと同じく、店の前に自由に落書きできる黒板がある。オープンは12時だけど、「12時ぐらいに来て下さい」と言われていたので、正午をちょっと過ぎたタイミングで店に入る。懐かしい気持ちになりながら、久禮さんと再会した。

 「今日は娘のご飯を作ってから来たんですよ」

 家に作り置いてきたのかと思いきや、夕食用の鶏つくねを盛ったお皿を抱えて、歩いて店まで来たらしい。今日は店で、娘さんが夕飯を食べるのだという。

店は変われど以前と変わらぬ、久禮亮太さん。

 10年以上前から不動前に住んでいる久禮さんは、2021年9月にPebbles Booksとの契約が終了するまで、電車通勤していた。でも今は自宅から歩いてすぐの場所に、フラヌール書店を構えている。久禮さんのこれまでは以前紹介したが、あゆみBOOKS→神楽坂モノガタリ→Pebbles Booksと渡り歩いてきたフリーランス書店員の久禮さんにとって、今回が初の自分の店になる。

 「Pebbles Booksを離れてからも、熊本の長崎書店や東久留米市のブックセンター滝山などのコンサルティングは続けていたのですが、ずっと『次は自分の店を』と思っていました。最初は大岡山を候補にしていたのですが、気になっていた物件が空室になったので、今の場所に決めました」

Pebbles Books時代を彷彿させる黒板。

 伊藤亜紗教授や、かつては國分功一郎教授など、理系ながらも人文系の人気学者を擁する東京工業大学がある大岡山なら、目指す品揃えと相思相愛になってくれる人が多いはず。それに大岡山駅近辺には現在、新刊書店がない。住民や学生の需要があると思ったものの、家賃などが折り合わなかった。

 学習塾とガレージ&倉庫に挟まれた今の店舗は、以前はリサイクルショップの倉庫だった。久禮さんは前を通りかかるたびに、「ここが空いたらいいなあ」と思っていたそうだ。ところで開店資金は、どうやって調達したのだろう?

 「親に借りました。『自分の本屋を作りたいので、将来都合するお金があるなら今貸して欲しい』と言ったら、両親も喜んでOKしてくれたんです」

DIY熱が高じて、ほぼすべての内装を手作り

 2階建てで本がみっちり詰まっていたPebbles Booksと比較すると、平場で面陳も多くて、コンパクトかつゆとりがあるように見える。

 「以前は18坪、今は15坪ですが階段やデッドスペースがあったので、広さはほぼ変わりません。真ん中の置台が以前より小さいので、圧迫感がないのかもしれないですね。小石川時代は資金もなかったので棚はあゆみBOOKSのリサイクルでしたが、今回はまず寸法を決めてから什器を作り、詰め込まずに陳列しようと決めていました。以前は6500冊と言いつつ1万冊近い在庫があったのですが、今は5000冊程度に抑えています」

ほぼ全てを店主自ら作り上げた空間。

 コロナ禍による引きこもりで、DIY熱に火が付いた久禮さんは、店の壁から棚からカウンターまでを、自分と家族で製作した(ハンドメイドという言葉では到底追いつかない)。

 「入口のサッシと電気の配線以外は、自分達でやりました。でもたとえば床のラグはアメリカの書店っぽいイメージにしたかったのもありますが、床にシートを貼ったら気泡が入ってしまったので、それを隠すためでもあります」

 そう言って久禮さんは笑ったが、クオリティの高さにひたすら圧倒される。久禮さんのTwitterアカウント(@ryotakure )で制作過程が紹介されているので、ぜひ見て一緒に驚いて欲しい。

フライヤーなどを置いているカフェテーブルは、かつてあゆみBOOKS綱島店で公衆電話を乗せていたもの。

 Pebbles BooksはあゆみBOOKSから譲り受けた棚が置かれていたので、「あゆみグリーン」(勝手に命名)が特徴だった。対するフラヌール書店の棚とカウンターは木の質感を活かしていて、壁は淡いピンクとブルー、照明はグリーンになっている。

 「ちょうどピンクがマイブームだったんです。かつて西荻窪にあった颯爽堂の店内がオレンジ色だったのが良かったし、ありきたりな白い壁とかにはしたくなくて。照明は、ピンクの補色だったから選びました」

 ピンク&ブルーと、グリーンの組み合わせって……、映画「マリー・アントワネット」&某パリのマカロン店だ! そういえば間借り本屋として実店舗がない頃から使っていた、フラヌール書店の「フラヌール」もフランス語だし。でもPebblesは小石川だからだったけど、なぜフラヌール?

 「大学時代、仏文の先生のゼミでベンヤミンを読もうという授業があって。『パサージュ論』の中に都市をぶらぶらと歩く遊歩者フラヌールが出てくるのですが、それがカッコよくて。いつか使おうと思ってたので、間借り本屋時代からフラヌール書店を名乗っています」

大人が座ったらはみ出しそうな、かわいいサイズの子ども用ベンチ。

セオリー破りのギャラリースペース

 入口すぐの場所には、シート張りまでDIYした小さなベンチが置かれている。奥に進むにつれて人文系の品揃えが手厚くなっているのは、実に久禮さんらしい。レジ横の小部屋はギャラリースペースで、半独立空間になっている。

 「中に入ってみたら、外とは違う異世界が広がっているスペースにしたくて。レジから死角を作らないのが店造りのセオリーではあるんですけど、僕は気にせず行こうかと」

ちょっと電話ボックスっぽくもある、ギャラリースペース。

 アーチをくぐって中に入ると、思う存分自分の世界にひたれる。とはいえ「本屋好きな人以外にも来て欲しいから、入りやすい店にしたかった」と言うだけに、マニアックさはない。暮らしの本や文庫などもしっかりおさえているし、冊数は少ないながらも雑誌やコミックもある。まさに「小さい総合書店」の佇まいだ。これはひとえに、以前から付き合いのある大手取次と取引していることが大きい。

 「個人書店は出版社との直取引をしているところも多いので、あえて時代に逆行しているかもしれません。でも仕入れ先が増えると苦手な事務作業が増えるので、慣れた環境で仕入れをして、それをどう回していくかを考えたいと思ったんです」

書店主、そして小学校のPTA会長

 オープンして1カ月と少し経ち、振り返ってみると目標としていた売り上げをほぼ達成した。「思っていた以上に順調」だったが、今はご祝儀的に立ち寄る人も多いので、これからが大事だと語る。

 「最初はSNSを見たり、本屋巡りが好きな人が来たりしてくれると思っていました。でも実際やってみると、『地元に気の利いた場所が欲しかった』と言ってくださる方も多くて。近くに小学校や保育園もあるので、手に取られやすいフレンドリーな品揃えも必要かもしれないですね」

絵本や児童書、10代向けの本もなかなか手厚い。

 実は久禮さんは、娘さんが通う小学校のPTA会長でもある。今6年生なので任期はあと1年弱だけど、会長のお店だったら、近所の人は安心して通えるはず。久禮さんにとっては自分の店だけど、子どもたちにとっては放課後の居場所になるかもしれない。本屋は「本を売る」を超越して、社会的な役割を果たす場所になれるんだな。そんな店が、世界中のあちこちにできたらいいのに。

 一度取材はしていても、店が変われば新しい思いを抱くことができる。これからも新たな場に行き続けるけれど、たまにはこうして、お久しぶりも訪ねてみたい。もちろん久禮さんにも、また会いたいと思っている。

(文・写真:朴順梨)

久禮さんが選ぶ、「フラヌール」が感じられる3冊

●『旅の効用 人はなぜ移動するのか』ペール・アンデション、畔上司(草思社)

 旅をすることで人は不安や不機嫌を解きほぐし、未知のものを受け入れる方法を学べると、本書はいいます。歩くことは体と心のリズムを整え、旅は私たちを情報のフィルターの外へと連れ出し、世界がメディアが報じるほどひどい状態ではないことを教えてくれます。

●『地球の景色』藤本壮介(A.D.A.EDITA Tokyo)

 世界で活躍する建築家が各国の都市を歩き、そのありようを捉える旅と思索のエッセイ。建築という視座が、歴史や地理、政治、芸術、日々の暮らしなど、人の営みの全体を重層的で横断的に捉えることができることに驚きます。

●『臆病者の自転車生活』安達茉莉子(亜紀書房)

 運動は苦手で、体型や体重にコンプレックスもあったという著者が自転車に出会い、その自由に魅了され、髪を切りスカートをやめ、より遠くへと走り始めます。自分の足でどこでも行けることの素晴らしさがシンプルに伝わってくるエッセイです。

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