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青山美智子「お探し物は図書室まで」 正解はわかるわけないけど

 図書室の司書である小町さんは、レファレンスの後、利用者にマスコットを手渡す。お薦めした本の付録であるそれらは、彼女が仕事の合間、毛玉を針で刺し固めた羊毛フェルトだ。猫、フライパン、地球儀、カニ。どれを手渡すかは《てきとう》で、これは昨今の「テキトー」に近いニュアンスと思われる。六十五歳で定年退職した正雄にカニがぴったり、と判断する理由はなさそうだからだ。「何をお探し?」と小町さんに問われた彼は、囲碁の本、と答えている。カニとは全く関係がない。だが不思議なことに、利用者はそれぞれの解釈で、その付録に意味を見出(みいだ)す。

 私事だが、このゴールデンウィークは予定していた仕事が突然なくなり、何の予定もない数日を過ごした。人間、暇になると余計なことを考えるもので、不惑を超えたくせに、まるで思春期みたいな不安と憂鬱(ゆううつ)に襲われる。猫を抱き、万年床でコロコロと転がりながら、あらゆる気力を失い、唯一できた行動が、この本に手を伸ばすことだった。

 総合スーパーの婦人服売り場に勤める朋香の「本当にやりたかった仕事ではない」という不満、出産後の職場復帰で雑誌編集部に戻れなかった夏美の「仕事を取り上げられた」という絶望、定年退職した正雄の「何もすることがない」という呆然(ぼうぜん)すらも、我が事のように感じる。「何をお探し?」と聞かれる度、ページを捲(めく)る手が止まった。

 「何かお探しですか?」書店員時代、売り場でお客様に声を掛けた。長く勤めていれば、たいていの本は見つけられる。だが、うーんと悩まされるような難題が返ってくることもある。お客様自身が何を探しているのかわからない場合、私に正解などわかるわけもない。それでも、書店に足を運んでくれたことが、何かの足しになったのかもしれない。

 だって、本を手に取り開くだけで、こんなにも気持ちは動き出す。=朝日新聞2023年5月20日掲載

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 ポプラ文庫・814円=19万部。3月刊。「様々な世代の登場人物が描かれ、読めば必ず誰かの気持ちに共感できる物語」と担当者。