誰が最初に買ったんだっただろう。アヴリル・ラヴィーンの1stアルバム『Let Go』を手に取ったのは、高校生の頃に行ったカナダ語学研修先でのことだった。ハリファックスのHMVで1位になっていたこのアルバムは、瞬く間に私たちの間で話題になった。まだその名前が広く知れ渡ってはいなかった、奇跡的なタイミングだ。向こうの先生にAvrilはなんと読むのかと尋ねてみたら、たぶんエイヴリルだろう、と言ったので、私たちの間で彼女はしばらくエイヴリルだった。同じ人間とは信じられない程に小さな顔、飾り気のないストレートの金髪、細い体躯、モノトーンのファッション、気だるげに腕を組んで街の中で佇んでいるのが様になってしまうところ、スモーキーメイクの強気な目。ほかのロック・スターがそうであるように、パフォーマンスだけでなく彼女はすべてが魅力的だった。そしてよくある話、私たちは彼女を好きになることで、一種の万能感を得ていたのだと思う。こんなにすごいアーティストを知っているのは私たちだけなんだと、何故だか自分まですごくなれたような気がした。やがてホストファミリーと別れ、帰国して、北海道の短い夏休みが終わり、日本の深夜番組で初めて彼女が紹介されたのを観た瞬間、ようやく私たちは大きな勘違いに気がついた。エイヴリルはアヴリルだし、カナダの歌姫ではなく世界の歌姫で、彼女が最高だとわかっていたのは自分たちだけではなかったのだ。
代表作「Complicated」を避けては、このアルバムを語ることは出来ないだろう。都会的な郷愁を誘うようなギターサウンドから始まるこの曲は、正直なところ、老若男女の胸を打つような深いテーマの曲ではない。だけど、そこがいい。私は英語のヒアリング能力が高くないので、いまも昔も、この曲のサビの早口部分の言葉の意味をシームレスに受け取ることはできない。けれども、この曲を最初に耳にした時から、これはこの子にとって非情に切実で重要な感情を歌っているんじゃないか、ということだけはわかっていた。「Complicated」の歌詞の概要は、彼氏が自分以外の前では格好付けていてバカみたいだ、というもので、ある意味では世界で最も些細なシチュエーションを扱っていると言ってもいい。けれども、当時17歳だったアヴリルにとっては、それが最も切実で重要な感情だったのではないか。そして、そんな自分の感情に真摯に向き合える素直さを持ったシンガーだったからこそ、それまで洋楽に馴染みがなかった私たちさえも夢中にさせてしまえたのではないだろうか。
今回聴き返してみて、いいな、と改めて感じた曲は「Anything but Ordinary」だ。休日的で軽快な曲調とは裏腹に、普遍的なメッセージが込められた楽曲に仕上がっている。サビの伸びやかな歌声は爽やかで力強く、ティーンエイジャー特有の潔癖さが秘められているようで心地よい。自室のベッドの上で人生についてあれこれと思いを巡らせているような世界観は、Cメロで一気にズームアウトする。「普通でいるなんて嫌(世界はこんなにも美しいのだから)」という飛躍の仕方は、教会音楽から始まった彼女のキャリアを感じさせる。
アヴリルについて語る時、どうしても“私たち”という言葉を使ってしまう。私にとってこんなにも、青春の思い出にしっかりと結びついて離れないアーティストはいない。