ISBN: 9784046060945
発売⽇: 2023/04/04
サイズ: 19cm/381p
ISBN: 9784336074782
発売⽇: 2023/04/11
サイズ: 20cm/328,9p
「新版 ヒロインは、なぜ殺されるのか」 [著]田嶋陽子/「ハリウッドのルル」 [著]ルイズ・ブルックス
映画は神の創造物ではない。人が生み出した作品に過ぎない。この場合の「人」は、過去130年の映画史において「男」と同義だった。では「女」は、そこでどんなふうに描かれてきたか?
観(み)る側の女性は長らく、男性が作品として提示するものを鵜呑(うの)みにして、その価値観を自らの内に取り込んできた。たとえ男性が身勝手な妄想で生み出した女性像であっても、それに憧れ、そうなりたいと願う。
このからくりを暴き、女性の視点から作品を論じることをフェミニスト批評という。『ヒロインは、なぜ殺されるのか』はその嚆矢(こうし)といえる1冊だ。著者の田嶋陽子はテレビにも活躍の場を広げたが、もとは大学を舞台に手探りではじまった女性学の理論構築を行った人物。文学批評で鍛えた眼力で、本書では映画に切り込んだ。初版の刊行は1991年。97年の文庫化を経て、これが二度目の復刊だ。
全10作品が分析されるが、とりわけ恋愛映画の名作の誉れ高いトリュフォー監督作を、「男の友情映画」と看破するところからはじまる『突然炎のごとく』評は凄(すご)い。一人の女と二人の男という図式において、一見、ヒロインは頂点に君臨している。しかし著者は逆だという。女は、男二人の間を「オモチャ」のごとく行き交っている弱者でしかない。
この作品評の鍵こそ「ファム・ファタール」である。運命の女を意味し、19世紀末にフランスで生まれ、同時代に興ったベンチャーである映画の世界でも重宝されてきた。男を手玉に取って翻弄(ほんろう)する魔性の女に振り回されたい、もしくは手強(てごわ)い女を飼い慣(な)らしたいという欲望の産物だが、作り手の男たちは最後に必ず、ファム・ファタールに「死」という罰を与える。
1929年の名作『パンドラの箱』のヒロイン、ルルもその典型で、映画は定石通りの結末に至る。しかしまさか、ルルを演じた俳優ルイズ・ブルックスが後年、卓越した文体で黎明(れいめい)期のハリウッドを活写した文筆家だったとは! こちらは予想外のうれしい展開である。実は彼女、稀代(きだい)の読書家であり、日記やメモにあの狂乱の時代を書き留めていた観察者だった。
しかして『ハリウッドのルル』は自伝にあらず。映画雑誌などに発表したエッセイの集成である。貴重な一次情報を大盤振る舞いしながら映画界を脱神話化する。とてつもない文才の映画批評家だが、この1冊を遺(のこ)すのがやっとだった。いかにこの世が女性を鋳型に押し込め、才能を抑圧してきたか、これ以上の証左はないのではないか。
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たじま・ようこ 1941年生まれ。元法政大教授、元参院議員。著書に『愛という名の支配』など▽Louise Brooks(1906~85) サイレント期の米映画界で活躍。ボブカットの髪形は時代のシンボルに。