若林踏が薦める文庫この新刊!
- 『恐るべき太陽』 ミシェル・ビュッシ著 平岡敦訳 集英社文庫 1815円
- 『サン=フォリアン教会の首吊り男』 ジョルジュ・シムノン著 伊禮規与美訳 ハヤカワ・ミステリ文庫 1276円
- 『赤い部屋異聞』 法月綸太郎著 角川文庫 836円
魔術的な語りで読者を惑わし驚愕(きょうがく)させるミシェル・ビュッシは、現代フランスミステリ界における注目作家の一人だ。(1)はそのビュッシがアガサ・クリスティーの『そして誰もいなくなった』に挑んだ本格謎解き小説だ。〈創作アトリエ〉のために仏領ポリネシアの島へベストセラー作家と、彼を熱愛する五人の作家志望者が集められた。ところが作家は失踪し、さらには殺人までが発生してしまう。謎解きミステリにおいては定番のシチュエーションである“孤島もの”をなぞりつつ、型破りな仕掛けで圧倒させる作品だ。使われているギミック自体は単純なのに、それを巧妙に隠す手腕がお見事。
フランスミステリと聞いて思い出すのは、〈メグレ警視〉シリーズで知られるジョルジュ・シムノンだろう。(2)は〈メグレ警視〉ものの初期代表作の新訳版だ。駅の待合室で見かけた不審な男を追跡したメグレは、男が拳銃自殺を図る場面を目撃する。男が大事そうに抱えていた鞄(かばん)に入っていたのは古着のみだった。登場人物の心理を鋭く捉える筆致に酔いつつ、深い余韻を残す幕切れにため息が漏れる。
シムノンのような古典ミステリ作家へ興味をお持ちの方には(3)がお薦め。作者が各媒体に発表した、古今東西の傑作ミステリにオマージュを捧げた短編を集成した作品集だ。江戸川乱歩の有名短編を基にした表題作のように、オリジナル作品を捻(ひね)りに捻ったものが勢ぞろい。元ネタと読み比べながら鑑賞すると楽しさは倍増だ。=朝日新聞2023年6月17日掲載