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山田金鉄「かさねと昴」 「らしさ」の呪縛逃れ、尊いラブコメ

©山田金鉄/講談社

 法に触れるような行為でない限り趣味に貴賤(きせん)はないはずだが、世の中的に大っぴらにしづらいことはある。本作の主人公の一人・榎田昴の場合もそうだ。ブラック企業で心身ともに疲弊していたとき、偶然見つけた忘年会グッズのカツラを被(かぶ)ってみたら心が安らいだのをきっかけに女装するようになった。
 誰にも言わない秘密の趣味。ところが、転職先の会社の同僚女子・柴田かさねに、ちょっとしたアクシデントからの流れで打ち明けることになる。女装姿の写真を見せ、「これは僕です」と告げたときのかさねの反応が素晴らしい。「えっ」と驚きつつもまったく引いたり取り繕ったりせず、目を輝かせて「すっごいかわいいです!!」と絶賛するのだ。

 偏見がないどころか全肯定。これには昴も面食らうが、そういう人だと思ったからこそ打ち明けたのだろう。そこから始まる二人の交流が主題。女装が趣味でも心も女性とは限らない。男らしさ女らしさの呪縛を逃れ、相手のことをもっと知りたいと思う気持ちが尊い、異色のようで王道のラブコメだ。
 セリフ回しは巧みで表情も豊か。世間のマジョリティからは外れながらも、律儀(りちぎ)で不器用でキュートな二人に幸(さち)あれかし。=朝日新聞2023年6月17日掲載