ISBN: 9784121027566
発売⽇: 2023/05/24
サイズ: 18cm/277p
「言語の本質」 [著]今井むつみ、秋田喜美
オノマトペとの出会い。それは循環器疾患の調査であった。「血液サラサラの薬」と言って、医師は抗凝固薬を処方する。患者は「自分の血がサラサラになった」と実感する。
翻って抗凝固薬の薬理上の役割は、凝固因子のいくつかを抑え、血を固まりにくくすることだ。これは果たして「血液サラサラ」なのか。なぜ「サラサラ」が好んで使われるのか。
サラサラに導かれて調べていくと、オノマトペは幼稚とされ、研究対象から外されてきた歴史があると知る。欧米を最も進化した社会とみなす社会進化論は、言語学にも触手を伸ばしていた。けしからん。
しかし本書によると、この潮流には最近変化が生じている。それは言語の身体性が実証されつつあるからだ。
言葉は膨大な抽象的記号の集まりである。しかしその塊に分け入るにはきっかけが必要だ。
「サラサラ」のように、物事の様態の一部を写し取るオノマトペは、身体感覚に近いところにあるため、理解がなされやすい。言語理解は、オノマトペを足がかりにして成立しているのではないか。本書は欧米中心の言語学に挑戦状を叩(たた)きつける。
加えて、オノマトペが少ないとされてきた英語の場合、その要素が動詞内に取り込まれているため、話者がそれに気づかないという仮説が実例とともに紹介される。これには膝(ひざ)を打った(例:whisper/ひそひそ話す)。
とはいえ、具体性の強いオノマトペから、抽象度の高い愛とか正義とかいった概念への飛躍はどのように起こるのか。その跳躍を可能にするのは、アブダクションという推論の力であろうと著者は語る。
アブダクションの特徴は間違えること。でもその力が言語の習得を、科学の発展を可能にした。
論理を重ね、壮大な仮説を最後に拓(ひら)く。わくわくする一冊の登場である。
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いまい・むつみ 慶応大教授。『ことばと思考』▽あきた・きみ 名古屋大准教授。『オノマトペの認知科学』。