1. HOME
  2. 本屋は生きている
  3. CAVA BOOKS(京都) 出版営業と二足のわらじ、鯖街道で手に入れた、本と映画に囲まれた暮らし

CAVA BOOKS(京都) 出版営業と二足のわらじ、鯖街道で手に入れた、本と映画に囲まれた暮らし

 好き嫌い以前に、なんとなく縁遠い気がする場所やモノがある。私にとってそれは、京都と鯖だった。京都は修学旅行で行くぐらいだったし、「いちげんさん」を受け入れないイメージがある。鯖は子どもの頃に食べて、湿疹が出た記憶がうっすらある。

 しかし昨年、韓国の友人の甥で何度も会っている若者が、京都市内の大学に留学することになった。入学式はコロナ禍まっただ中で、家族は日本に付き添えない。私が世話人となり部屋探しから口座開設、家具の買い出しまで手伝った。おかげで大学がある北野白梅町界隈に、今やすっかり詳しくなってしまった。

 そんな私は今、京都のその名も鯖街道にいる。鯖街道とは若狭から京まで鯖などの海産物を運んだ道のことで、福井県小浜市から京都市左京区の出町桝形商店街まで続いている。とはいえ鯖を探しに来たのではなく、CAVA BOOKS(サヴァ・ブックス)という名の本屋を訪ねるためだ。

インパクト大のこの魚は、2代目「若サバちゃん」という名前らしい。

 京都市営地下鉄の今出川駅から徒歩圏内にある出町桝形商店街は、雨でも安心のアーケード街になっている。道の途中にはデカい青魚のオブジェが吊られている。こ、これは鯖なのか。

 「鴨川の方まで歩いていくと、鯖街道口の石碑もありますよ」

 CAVA BOOKS店主の、宮迫憲彦さんが教えてくれた。

「本の発注作業が一番好き」という、CAVA BOOKS店主の宮迫憲彦さん。

映画とともにあるけれど

 CAVA BOOKSは出町座というアートハウスと同じ場所に、2017年12月28日にオープンした。鯖街道のサバとフランス語の「Ça va」(こんにちは、にも、元気?にも、さようなら、にもなる便利なあいさつ)をかけた名前は、映画の父であるフランス人のリュミエール兄弟が、シネマトグラフを公開した12月28日生まれの本屋にふさわしい。

 入口左手には映画の受付、中央にはカフェ「出町座のソコ」があり、カフェスペースをぐるりと囲むように本が並んでいる。2階と地下が上映スペースになっていて、それぞれ48席と42席あり、宮迫さんいわく「同種の施設としては大きめなほう」だ。

外観は「ザ・町の映画館」といった様相に。

 アートハウスと同じ場所にある本屋ということで、映画関連のものがメインなのだろうか?

「上映作品と絡めたものを置くことはありますが、基本的にはジャンルで絞ることはなくて。自分が置きたい本を並べているので、決して映画専門書店ではないんです。小説や料理など、フルジャンルの品揃えにしていますが、5年以上続けてみて、動きのないジャンルのものは淘汰していった。そんな感じになっています」

 すぐ近くに同志社大学、少し歩いて京都大学と、アカデミズムの最前線が近くにあることから、文字量の多い本の売れ行きが良く、ビジネス書などはあまり手に取られない。約2000冊の在庫は99.9%が棚差しになっていて、たった1冊だけが面陳されていた。激推しということなのだろうか?

 「実は本が売れてスペースが空いたので、これだけ面陳にしているんです」

この時1冊だけ面陳されていたレア本は、『仕事と人生に効く教養としての映画』(伊藤弘了/PHP研究所)だった。

本や音楽に囲まれる暮らしに憧れて

 そう語った宮迫さんは、岡山県の倉敷市出身。大学で東京に行き、社会学部で日本史を専攻していた。

 「自分が高校生の頃はまだそこまでインターネットが普及していなくて。地元にはない文化を求めて東京に行きたかったので、東京の大学しか受験しませんでした」

 無事合格して東京に向かうと、倉敷では出合えなかった本や音楽に溢れていた。望む生活が手に入った宮迫さんは、そんな中で「自分は本や音楽が好きだけど、作り手になるのではなく好きなものに囲まれて暮らしていきたい」と気づく。2004年に新卒で紀伊國屋書店に入社し、大阪の梅田本店から大阪の京橋店、兵庫県の川西店を経て香川県の丸亀店の立ち上げに関わり、広島店へと異動になった。次は海外店舗か、と目された9年目に、宮迫さんは転職する。

 「役職が上がると 本を触る機会が減ってしまうのでは、という心配もありましたし、その頃には子どもが生まれていたので、土日休める仕事がいいと思ったんです」

 ちょうど映像・アートを中心にした書籍を出版するフィルムアート社が、京都に常駐できる人を探していることを知る。恵比寿に本社があるが、西の文化発信地である京都にも拠点を作ろうというタイミングだった。

 「関西での生活は長かったのですが、京都には地縁も血縁もなくて。紀伊國屋書店も2011年まで店舗がありましたが、京都と言えば地元発祥の大垣書店やふたば書房のようなローカルチェーン、そして 恵文社一乗寺店のようなこだわりの書店が人気で。ナショナルチェーンではない店に人が集まる場所というイメージがありました」

 営業部に配属された宮迫さんは、自社の本を知ってもらうべく書店回りやイベント、プロモーション活動など、それまで受信していた仕事を発信する側になる。その活動を通して、 現出町座支配人の田中誠一さんとつながった。田中さんは2013年から河原町にあった立誠小学校の跡地で、「立誠シネマプロジェクト」という名で映画上映を続けていた。

 「『立誠シネマプロジェクトを畳んで、カフェと本屋を併設して別の場所で移転オープンしたい。でも本を扱うノウハウがないので、プロの人に任せたい』と声をかけられたんです。本を売る現場のことも知っていたし、本を広める活動に関われるのは嬉しかったけれど、 出版社の仕事を辞めるつもりは毛頭なくて。『今の仕事も続けるのでフルコミットできませんけれど、それでも良ければ』と伝えた上で受けました。今は出町座に家賃を支払って、個人事業主としてCAVA BOOKSを運営しています。こんな働き方を認めてくれている会社には感謝しかありません」

入口すぐにある映画の受付カウンター。書店のレジは出町座が受け持っている。

壁際の書棚は「秘密の小部屋」気分

 現在は宮迫さんが1人で店を運営しながら、フィルムアート社での仕事も続けている。書店のレジは出町座が受け持っている。

 「普段は コワーキングスペースの事務所で出版社の仕事をしているので、助かってます。発注や本の陳列は1人で担当していますが、 『ここでしか買えない本』というのはほとんどありません。どこでも買える本の中から何をチョイスするのかが大事なのだろうと思います」

 「本とカフェと映画があって出町座というひとつの人格ができあがっているので、 店主・宮迫の色が見えてしまう店というよりも、出町座 らしい本が並んでいる、といってもらえるように選書しています。ただ作法として、ヘイト本のようなものは置かないようにしています」

 オールジャンル揃っている総合書店は、売れ筋の本を置かないわけにはいかない。しかしCAVA BOOKSの場合は宮迫さんが棚を決めているので、ないジャンルも多い。その上で宮迫さんは、「総合書店も大事で、そこで売られている実用書が必要な人にとっては、その実用書こそが本なので、個人書店と総合書店のどちらが優れているというわけではないと思う」と語った。

 「でもずっと総合書店にいたら、今のような気持ちを持てたかはわからないし、そもそもCAVA BOOKSのようなタイプの書店について、意識しなかったかもしれません。出版の仕事をして、自己資金で本屋をやるようになって、見える景色が変わった気がします。ただ本屋を始めたことで、いち読者として本を読むだけだった頃には戻れなくなりましたけれど」

奥に4段だけの階段があるのが、見えるだろうか?

 そんな話をしているうちに、「出町座のソコ」のカウンターにお客さんが鈴なりになっていた。カフェをぐるりと囲むレイアウトの、本棚をチェックしてみる。カウンターより少しだけ高い位置にあって、4段ほど階段を昇る仕様になっている。

 「実はその部分って配管スペースなので、階段にして高くする必要があったんです」

ちょっと高い位置から店内を見渡せる書棚スペース。

 設計上やむなく出来たようだが、誰かの秘密部屋の本棚をのぞいているような気持ちになって、妙にワクワクしてしまう。本棚そのものの造りが楽しくて、思わず「どれどれ」という声が出そうになってしまった。

京都×文学表現のプロジェクトにも参加

 本を作る仕事と売る仕事の二足のわらじだけでなく、宮迫さんは「京都文学レジデンシー」という、さまざまな国から作家や詩人、翻訳家などを京都に招いて、創作活動をしてもらうプロジェクトの運営にも参加している。初年度の2021年はコロナ禍で招へいがかなわず、かわりに「TRIVISM」という冊子を刊行した。本を作って売ってそれ以外もして、なかなか忙しいのではと宮迫さんに問うと、「休みの日は子どもと遊ぶので実質休みなしです。だけど家族が一番ですから」と、笑顔を見せた。

 店をあとにして東京に戻り、目に付いた店で思いきってトロ鯖定食を注文してみる。えっおいしいじゃん。その後数日様子を見たけれど、アレルギー反応も出なかった。どうやら私の記憶違いだったようだ。

 京都も鯖も周縁から眺めていた時と、内側に入り込んでからは、がらりと違う印象になった。そしてどちらももはや、縁遠いものではなくなっていた。それどころか甥のような存在の大学生と、訪ねたらいつでも迎えてくれる書店主がいる京都って、すごくステキな場所ではないかとさえ思うのだ。

 「そうだ 京都、いこう」と言いたくなる気持ちがようやくわかったところで、次回はまた違う街の本屋を紹介したい。

実際のものより1段低いイラストが階段に。

(文・写真:朴順梨)

宮迫さんが選ぶ、今をサヴァイブする3冊

「TRIVIUM」
 当店も関わっている京都文学レジデンシー実行委員会発行による文芸誌。コロナウイルスのために初年度の作家の招聘を断念し、その代わり「紙上版」文学レジデンシーとして本誌をつくりました。当店でしか買えない数少ない商品のひとつ。

『クィア・シネマ 世界と時間に別の仕方で存在するために』菅野優香(フィルムアート社)
 当店のほぼ「お隣さん」の同志社大学で映画、クィア・スタディーズを研究されている菅野優香さんの単著デビュー作。わたしたちが知っているシネマのあり方とは別のシネマのあり方を想像させてくれる「可能性の地平」としてのクィア・シネマについて論じた画期的な一冊です。

翻訳同人誌「LETTERS UNBOUND」
近年、翻訳者の方々による「翻訳同人」活動が活発化しています。翻訳者として「サヴァイブ」するための手段としても注目が集まっているようです。当店が取り扱う同人誌の中でも非常にクオリティが高くお客様にも好評なのがこの本です。

アクセス