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伊澤理江さん「黒い海」に大宅壮一賞 漁船沈没「埋もれた声」拾い集めて国調査の矛盾に迫る

「黒い海 船は突然、深海へ消えた」で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した伊澤理江さん=6月21日、東京都千代田区

国調査の矛盾に迫る 「絶望のなか前向く人間の尊さを」

 受賞作「黒い海 船は突然、深海へ消えた」(講談社)で伊澤さんは、2008年に千葉県犬吠埼沖で起き、17人の死者・行方不明者を出した漁船第58寿和(すわ)丸沈没事故の真相に迫った。

「原因は波」?

 当時の国の調査報告書は「原因は波」と結論づけたが、船を所有する水産会社の社長は、生存する社員の証言と食い違うとし、「納得がいかない」と話す。生存者は国の調査に対し、事故発生時、2度の衝撃と「構造物が破損するような音」があったとし、「船体に傷が入っているんじゃないか」と証言していた。船体からは大量の黒い油も漏れ出ていたという。社長は、「潜水艦にぶつかったんでねえか、っていう人もいんだけど」と語る。

 偶然聞いたこの話をきっかけに、伊澤さんは19年に取材を開始。生存者や元官僚など100人近い関係者に会い、証言を記録した。さらに伊澤さんは、海や船の専門家をたずね、米国で起きた海難事故の調査報告書を読み込み、「波による転覆」の矛盾を突いていく。取材相手から「なぜ今さら蒸し返すのか」と問われても、伊澤さんは「質問をやめてしまったら真実はつかめない」と取材を続ける。

王道いく作品

 贈呈式では選考委員でノンフィクション作家の後藤正治さんが登壇。伊澤さんが、関係者に何度も手紙を書き、足を運ぶ取材手法を評価した。「いわば手作りの味。小さな事実を積み上げて真実に迫る、ノンフィクションの王道をいく作品」

 伊澤さんはスピーチで、国の報告書に異を唱えた人は軽んじられたり、排除されたりして次第にその声は埋もれてしまったと振り返った。そうした小さな声にこそ伝えるべきものがあるとし、「この作品には、理不尽に対する怒り、悲しみ、悔しさを押し殺しながら生きていかなければならない人が何人も登場する。絶望のさなかにあっても、何とか前を向いて生きていこうとする人間の尊さを描きたかった」と述べた。(真田香菜子)=朝日新聞2023年7月12日掲載