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群像新人文学賞・村雲菜月さん 自称「小説が趣味」の会社員、「小説家になりたい……わけじゃない」(連載第3回) 

村雲菜月さん=撮影・武藤奈緒美

初稿はサクサク動くメモ機能を使って書き、応募時にWordに変換する。Web応募であっても、応募直前には原稿をコンビニでプリントアウトし、書き込みながら最終チェック=撮影・武藤奈緒美

自粛生活の暇つぶしに初小説

 連載第1回の市川沙央さんは自由に動けない体を抱え、20年間書くことだけに取り組んだ。第2回の夢野寧子さんは仕事を辞め、6年間執筆に専念した。一方、村雲さんが商品企画のプランナーという仕事の傍ら、小説を書き始めたのは、3年前の夏のことだ。

 「当時、コロナによる外出自粛で暇を持て余し、美大出身なのもあって久しぶりに絵でも描こうとペンタブをパソコンに繋げようとしたら、なぜか上手くいかず。それでペンタブは捨てて小説を書くことにしたんです。最初は友人に読んでもらっていたんですが、もっといろんな人の意見を聞きたくなって、小説教室へ。先生やほかの生徒に読んでもらえるのが楽しくて、のめり込みました」

 会社から帰宅後の3時間と土日を使って執筆し、当初は月1作のハイペースで作品を書いていたという村雲さん。「せっかくだから」と賞金が出る文学賞に的を絞って応募。翌年には秋田の「さきがけ文学賞」を受賞して、賞金で乾燥機付き洗濯機を買い、太宰治賞2022の最終候補にも残った。それまでは辻村深月や乙一など、好きな作家はいたものの、とくに小説好きというわけでもなかったそう。それなのに書き始めてすぐに受賞。く、悔しいぜ……!

 「小説教室に通わなかったら、こんなふうに書けていなかった。講師の根本昌夫先生の的確な指摘や、課題図書の名作を読むうちに、小説を書く筋力がついたように思います」

「日本近代短編小説選 昭和篇1」(岩波文庫)と「日本文学100年の名作 第5巻 百万円煎餅」(新潮文庫)は小説教室の課題図書。記事中の山川方夫のほかに、ヘミングウェイの一つのカフェを舞台に三人のドラマを描く短編「スイス讃歌」も「もぬけの考察」のヒントになった。辻村深月の『凍りのくじら』(講談社文庫)は毎年読んで毎年泣く、大切な一作=撮影・武藤奈緒美

受賞者続出の小説教室へ

 「海燕」や「野性時代」の編集長を歴任した文芸編集者・根本昌夫さんの小説教室は、デビュー作で芥川賞を同時受賞した石井遊佳さん、若竹千佐子さんをはじめ、数々の文学賞受賞者を輩出する人気の講座だ。じつは、何を隠そう清も数年前から通っている。村雲さんの通う教室とは場所も曜日も違うので面識はなかったが、受賞作や最終候補作になった生徒の作品は特別教材として配られるので、こちらは一方的にそのお名前と作品を知っていた。

 だからこそ、悔しいのだ。村雲さんは太宰治賞2023も最終候補に残ったが、清は一次すら通らなかった。同じ授業を受けていても、この違い。やはり実力の差というほかない。

 根本先生の授業は、生徒が書き上げたタイミングで自作を提出し、次の授業でほかの生徒からの合評と、先生からの講評を受ける。村雲さんは、先生はもちろん生徒からの評もすべてノートに書き留め、取り入れるものには赤丸をつけ、改稿に生かしたそう。(私も同じことをしているんですけど、ね……)

 清が評を受けていつも迷うのは、どれくらいほかの人の意見を取り入れるべきなのかということ。

 「指摘が自分でも腑に落ちたものは取り入れます。でも、一回直してみてうまくいかなかったら、その小説はもう捨てて、次の小説に取り掛かります。時間がもったいないですからね。そこらへんの見切りのよさは、本業が生きているかも。商品企画って、できることとできないことのジャッジが重要。いつまでも一つの工程にかまっていたら、納期が遅れてしまいますから」

 なるほど、一つの小説にこだわって4稿目を提出し、根本先生に「この小説はもうおしまい」と通告された身にずっしりと響く(苦笑)。

 「『もぬけの考察』は、課題図書で読んだ山川方夫(まさお)の『待っている女』がヒントになりました。何時間も誰かを待ち続けている女性を観察している男の話なんですけど、こういう観察の視点って面白いなと思って。2021年に一度書いて、授業に提出したんです。まわりからは『今までで一番いい』と高評価だったのですが、自分のやりたいことに対して文章力がまだ追いついてないなと思って、そのあと1年くらい寝かせていました」

 その間に太宰治賞2022の最終候補に残り、授賞式へ参加したところ、選考委員の津村記久子さんに「あなたは書き続けていたらどこかで賞を取れると思う」と激賞されたそう。

 「うれしくて、また津村さんにお会いしたい一心で、それまでジャンルを問わず応募していたのを、純文学に絞りました」

「もぬけの考察」の構想ノート。コロナでテレワークが導入されたのをきっかけに、今のマンションへ引っ越すと、郵便受けは前の住人の郵便物で溢れ、向かいの建物の屋上にはゴミが散乱し……。その不穏さに創作意欲を掻き立てられ、舞台のモデルとした=撮影・武藤奈緒美

作品に合わせて文体も変える

 その後、友達の文鳥を2日間預かることがあり、その時の体験から文鳥のパートを新たに加えて4部構成とし、受賞作「もぬけの考察」が完成した。

 清は授業で「文鳥」パートの初稿を読んで、驚いた。初稿では、恋愛要素も盛り込まれたまったく違うテイストの話だったからだ。もし、初稿のまま「もぬけの考察」に加えていたら、受賞はなかったのではないか。大幅に改稿した「文鳥」パートは、選考委員からもいちばん評価が高かったという。

 「私、群像新人賞を獲った乗代雄介さんの作品が大好きなんです。なので『群像』に応募しようと思って、どれを応募しようかと思ったときに過去の受賞作の傾向から『もぬけの考察』がいいかなって思ったんです。賞に合わせて書くというより、書いたものの中で賞に合うものを選ぶことが多いです」

 村雲さんには作風が存在しない。「もぬけの考察」はサスペンス要素のある実験的な作品だが、太宰治賞2022の最終候補作「桃のもも色」は6歳の女の子が主人公のヒューマンドラマ。同賞2023の最終候補作「肖像のすみか」は肖像権を軸にしたミステリー仕立ての作品だ。

 「小説を書く時に、本業のクセで企画書みたいなものを考えています。この小説のターゲットはだれかを想定し、それに沿った文体のテイストを考える。その時々で書きたいものを、その作品にとって一番ふさわしいテイストで書きたい。飽きっぽいので、いろんなジャンルやトーンに挑戦したいんですよね」

美大生時代にアート作品として作った「パジャマパーティカルタ」。読み札に書かれた女の子の寝相を言葉で説明し、その言葉が示す寝相の絵札を取るというもの。言葉と絵画をハイブリッドした遊びには、今に通じるものが=撮影・武藤奈緒美

 受賞の知らせを受けた時の状況は。

 「最終選考に残ったという電話は、ちょうど小説教室の飲み会があって取りそこね、翌日に知りました。そこで選考会の日時と『夕方以降は電話が取れるようにしておいて』と言われて。当日は会社が終わった後、“一人待ち会”していました。言われていた時間を過ぎても電話が来ないので、これは落ちたなと思っていたら、電話がかかってきて、でもその編集さんの声が暗いんですよ。『あのぅ……、本日選考会がありまして……、村雲さんの作品ですが……、通りました』って。え? 今なんて言った? ってなって(笑)。全然現実感がなくて、これ、受賞してない可能性あるなと思って、根本先生には1週間くらい黙ってました(笑)。父がうれし泣きしたり、次の授業でみんながお祝いしてくれて、ようやく受賞を実感しました」

 ちなみに、同時受賞の夢野寧子さんが村雲さんにぜひお会いしたいと言っていました。

 「私もです! 夢野さんの『ジューンドロップ』のように、私も〈ですます調〉の小説を書いたことがあるのですが、あまりうまくいかなくって。長めのお話なのにあの文体を貫けて、筆力のある方だなと感じています。また、新海誠の『言の葉の庭』という映画が好きなのですが、あの映像のように、『ジューンドロップ』も心情と景色のリンクが美しくって……、私もこういう作品を書いてみたいなと思いました。いろいろお話を聞いてみたいです」

ただ楽しくて、書いている

 村雲さんと話していると、この人は、小説を書くのが単純に面白くてたまらないんだなと感じる。そこには自己実現欲も承認欲求も感じられない。そんな村雲さんにとって、「小説家になる」とは……。

 「正直、小説家よりも会社員である自分の方がしっくりくるので、小説家になった自覚が持てないでいます。『小説家になりたい』と思ったこともないし、今後、専業小説家になる気もありません。私の定義では、小説を広く世に発表できる人が小説家なので、この3ヶ月くらいは私は小説家なのかもしれないのですが、小説を発表していない時期は“小説が趣味の会社員”なんだと思います。ずっとそんな感じの距離で小説と関わっていたい」

 ではなぜ、そんなに書くことが好きなんでしょう。

 「とってもおこがましいのですが、他の小説を読んでいて、私だったら最後はこうするな、こういう結末のほうが読みたかったなって想像することがあるんです。それを一から自分の手で作り上げるのが楽しい。それから、小説を書き始めてから小説を読むのが、がぜん楽しくなりました。『ここでこういう展開にするんだ』とか、『一文も無駄な表現がないな』とか、プロの巧みさがわかるようになったんです。平日働いて、そこでたまった疲れを読書や執筆に没頭することで癒す。仕事で起こるあれこれも、作品にフィードバックする。私にとって小説は最高の趣味なんだと思います」

 執筆に専念する期間があった市川さん、夢野さんの取材をした時、「私だって時間があれば」と思わなかったと言えばウソになる。私には世話が必要な幼い子どもたちがいて、ライターという仕事もある。どちらも自ら選んだ大切なことで、手放す気はない。でもそれを「だから中途半端でダメなんだ」と思ったこともある。
 そんなじっとりした気持ちを、小説が趣味の会社員・村雲さんが晴らしてくれた。

 私が書かなければこの世に存在しない物語をこの手で生み出す、その喜びと興奮を思い出させてくれた。

 「楽しく書けるうちは、書き続けます」
 村雲さんはそう言って笑った。
 なんだか私も今すぐ小説を書きたくなった。

【次号予告】 次回は、太宰治賞2023で村雲さんと最終選考で競り合い、見事受賞した西村亨さんにインタビュー予定。「授賞式でお会いした時、受賞しなかったら死ぬつもりだったと訥々とお話しされていて、すごく面白い人だなと思いました」(村雲さん)。