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「運び屋円十郎」/「神獣夢望伝」 「志」と「望み」が生む波乱の物語 朝日新聞書評から

評者: 澤田瞳子 / 朝⽇新聞掲載:2023年09月02日
運び屋円十郎 著者:三本 雅彦 出版社:文藝春秋 ジャンル:小説

ISBN: 9784163917054
発売⽇: 2023/06/09
サイズ: 19cm/291p

神獣夢望伝 著者:武石 勝義 出版社:新潮社 ジャンル:小説

ISBN: 9784103550815
発売⽇: 2023/06/21
サイズ: 20cm/308p

「運び屋円十郎」 [著]三本雅彦/「神獣夢望伝」 [著]武石勝義

 人はなぜ物語を読むのか。平安中期に記された『源氏物語』において、筆者・紫式部は主人公・光源氏の口を借り、歴史書ではなく虚構をもって世の中を描く物語にこそ人間の真実が描かれていると主張させている。ならば物語とは究極的には、人が如何(いか)に生きるかを模索するための書物と言えよう。
 幕末の江戸を舞台とする『運び屋円十郎』は、客から預かった荷を確実に依頼先に届ける裏稼業「運び屋」となった主人公・円十郎の活躍と成長を縦軸に、激動の時代を生きる人々の「志」を横軸に据えた連作短編である。父の過去ゆえに志を持つことを拒む円十郎は、攘夷(じょうい)の志に駆られる旧友や激動の時代に浮かされる男たちを通じ、やがて大きな変化を迫られる。
 志とは何か。円十郎の葛藤に接することで、我々は自らが生きる上で心の支えにしているものを、彼とともに否応(いやおう)なしに見つめ直さずにはいられない。
 本書は第97回オール読物新人賞を受賞した筆者の初著作。運び屋という心躍る設定もさることながら、円十郎が出入りする剣術道場・試衛館の沖田宗次郎(総司)、土方歳三、運び屋の対を為(な)す裏稼業「引取(ひきとり)屋」の美しき元締や幕府の密命を帯びる謎の集団「幽世(かくりよ)」の個性的な手先など、脇役の一人ひとりまでもが非常に魅力的で、つい続編を期待してしまう。
 『運び屋円十郎』が描くのが「志」であれば、日本ファンタジーノベル大賞2023受賞作『神獣夢望伝』が描くのは、人の「望み」だ。この世は眠り続ける神獣の見る夢であり、人々はその眠りを妨げないようにと祭祀(さいし)を捧げる世界。繰り返し見る夢の場所を追って旅に出る少年、その稀代(きだい)の舞ゆえに国一番の舞姫・祭踊姫(さいようき)として都に上る美女、彼女との再会のみを望んで戦場での立身を目論(もくろ)む男、そんな彼らに接する中で己の裡(うち)に潜む望みにやっと気づく神官……登場人物たちの多様な異なる望みは、一滴の水がやがて大河と化す如(ごと)く、世界そのものをすら揺るがす怒濤(どとう)の結末を導く。
 本作の終幕は悲劇的とも映るが、望みという側面から切り取れば、それは一種の大団円でもある。本作は何かを心の底から望むことのかけがえのなさと罪深さを通じ、読者に日々の生を考える機会を提示するに違いない。
 これら二つの物語は、時代・世界においてまったく合致するところがない。しかしそれぞれの作の主軸に位置する普遍的な人の思いは、すべての者に生涯直面し続けねばならぬ問いを投げかける。物語の力を強烈に感じさせる作品たちである。
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みもと・まさひこ 1990年生まれ。2017年、「新芽」でオール読物新人賞を受賞▽たけし・かつよし 1972年生まれ。2018年からインターネット上の小説投稿サイトなどに作品を公開してきた。