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「ロバのスーコと旅をする」書評 出会いと別れ重ね 歩みは続く

評者: 長沢美津子 / 朝⽇新聞掲載:2023年09月09日
ロバのスーコと旅をする 著者:高田 晃太郎 出版社:河出書房新社 ジャンル:紀行・旅行記

ISBN: 9784309031200
発売⽇: 2023/07/26
サイズ: 19cm/202p 図版12枚

「ロバのスーコと旅をする」 [著]高田晃太郎

 胸の奥にあった自由を求める気持ちが、ぎゅっとつかまれる。夏の終わりに読むと、いっそう切ない。
 「ロバが私の荷物や食料を運んでくれたら」「どこまでも歩いていける」
 確信を胸に、著者は旅へと向かう。異郷の田舎道を、ロバとただただ歩く。目的は持たず、潮時が来たと思えばその日がゴール。相棒は忍耐強くついて来てくれるようで、すきあらば道草を食おうとしたり、飼い主を忘れて逃げ出したり。読者ならば笑っていいか、人として嘆くべきか。
 旅のこもごもを誰かに語りかけたくて、現地から続けたSNSの発信は、多くの人を引きつけた。著者は「人は、自分とは別に流れる時間や世界を持っておきたいのかもしれない」。私もお話の続きをねだるように、毎晩検索していた。
 イラン、トルコ、モロッコと本書に収められた行程は10カ月に及ぶ。どの国でも、一緒にいたいと思えるロバを探して買い、日の出ている間は歩き、暮れる前に寝床を探す。去る時は新しい飼い主に手綱を託す。
 著者は観察の人だ。先々で受ける厚情も、心に行き交うおのれの思いも、静かな筆致でつづる。出会いと別れの繰り返しが、旅を一歩ずつ進めるとわかっているからだろう。
 黄金色の麦畑で風に吹かれる。実りの季節はブドウの房を分け合う。記される人とロバが連れ立つ風景は叙事詩のようで、ひたひたと胸にしみてくる。
 一方、ロバとの歴史が長い地でも、その存在が過去になりつつあることを著者は書く。不審の目を向けられ、見せ物の扱いも受ける。それでも隣で相棒は、涼しい顔で草を食べている。
 ロバから「歩き続けたい気持ち」を贈られたという著者は、いま、日本を旅している。ロバの瞳に映る社会はどんな姿なのか。「太郎丸」名義のX(旧ツイッター)アカウントのフォロワー数は11万に近づいている。心ゆくまで道草を食えるよう、願うばかりだ。
    ◇
たかだ・こうたろう 1989年生まれ。北海道新聞などの記者を経て、スペイン巡礼で歩く旅の自由さに触れた。