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「腹を空かせた勇者ども」書評 饒舌なる〝陽キャ〟対話に箴言

評者: 山内マリコ / 朝⽇新聞掲載:2023年09月16日
腹を空かせた勇者ども 著者:金原 ひとみ 出版社:河出書房新社 ジャンル:小説

ISBN: 9784309031064
発売⽇: 2023/06/15
サイズ: 20cm/249p

「腹を空かせた勇者ども」 [著]金原ひとみ

 フランスの小説家ジャック・シャルドンヌが残したこんな名言がある。
 「人は十五歳の時たくさんいろいろな事を考える。そして人生の問題を殆(ほとん)ど発見する。その後は、それに慣れて、だんだんにそれを忘れていく」
 主人公レナレナが中二から高一へ成長していくこの物語にも、人生の問題がほぼ全部詰まっている。突き詰めるとそれは、自己と他者との大小の衝突に、どう対処するかということ。自分の思いや考えを語る怒濤(どとう)の一人称、独白の奔流は、青春小説のお家芸だ。
 しかし本書は様子が少し違っている。従来なら主人公の座は、「自分の複雑さを受け入れ」るために本を読むような“陰キャ”タイプのものだった。一転レナレナは“陽キャ”でコミュ力おばけ、友達多数、バスケ部員で、家でも筋トレしてる。自分の単細胞さを自覚しつつ、いつもなにか考えていて、おそろしく饒舌(じょうぜつ)だ。友達に誤解されたり、親に噓(うそ)をついたり。他愛(たわい)ないと言ってしまえばそれまでの中高生の日常に起こる事件も、レナレナは真正面から受け止め格闘する。そのまっすぐさは、胸に迫るものがある。
 読んでいて頭に浮かんだのは「恐れを知らぬ少女」という彫刻作品。ウォール街を象徴する猛々(たけだけ)しい雄牛の銅像と対峙(たいじ)するように、二〇一七年に設置された。
 かつてはそういうものだった、という旧来の価値観が瓦解(がかい)し、けど今はそうじゃない、という是正に移行しているコロナ後の世界。時代の風を一身に浴びる十代のレナレナと、母ユリの会話がいい。不倫をオープンにしているユリは、強固な自我がある手強(てごわ)い母だ。
 二人の対話には箴言(しんげん)が溢(あふ)れるが、考えを改めさせられるのは母の方。女友達への献身的な友情に「欺瞞(ぎまん)を感じて軽蔑してきた」母ユリは、レナレナを通して世界と出会い直す。読者も同様に、今この時代を最前線で生きる主人公に、教わることはたくさんある。
    ◇
かねはら・ひとみ 1983年生まれ。『蛇にピアス』で芥川賞。『アンソーシャル ディスタンス』で谷崎潤一郎賞。