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ヘイトクライムを描いた衝撃の記録文学「羊の怒る時 関東大震災の三日間」 安田浩一が薦める新刊文庫3点

  1. 『羊の怒(いか)る時 関東大震災の三日間』 江馬修(しゅう)著 ちくま文庫 924円
  2. 『暗い時代の人々』 森まゆみ著 朝日文庫 990円
  3. 『アルツハイマー征服』 下山進著 角川文庫 1210円

 (1)1923年9月1日、作家・江馬修は東京・代々木の自宅で被災した。大地震で混乱した街を歩くなか、朝鮮人学生が崩壊した家屋から赤ん坊とその母親を救い出す場面に遭遇する。感動的な風景だ。しかし、そんな情話も一晩で吹き飛んだ。翌日から朝鮮人は日本社会の「敵」となる。朝鮮人による略奪、暴行といったデマが飛び交い、虐殺が始まる。罪もない朝鮮人が殺されていく。燎原(りょうげん)の火のごとく広がる憎悪と狂気に、江馬自身も呑(の)み込まれそうになる。ヘイトクライムを描いた衝撃の記録文学。震災100年の節目を迎えた今、必読の書だ。

 (2)朝鮮人虐殺に憤る一人の学者がいた。吉野作造である。虐殺を隠蔽(いんぺい)する国を、吉野は許さなかった。独自に調査を開始し、虐殺の事実を雑誌で発表。「朝鮮人虐殺事件は、過般の震災における最大の悲惨事」と書いた。吉野は圧力に屈しなかった。どんな時代にも毅然(きぜん)と生きる者たちがいる。本書は戦前にあって筋を通した「真のリベラリスト」10人の姿を追う。圧力もないのに勝手に「転ぶ」者たちであふれる現代知識人の不甲斐(ふがい)なさも浮かび上がる。

 (3)アルツハイマー病の新治療薬「レカネマブ」が年内にも実用化される見通しだ。ここに至るまで、医師、研究者、患者さんなどの壮絶な戦いがあった。その道のりを描いたのが本書だ。りんご農家の描写から始まる意外性、そして国内外の関係者を徹底的に追いかける著者の執念。緻密(ちみつ)な取材に基づいた「読ませる」科学ノンフィクションだ。=朝日新聞2023年9月16日掲載