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陽性になった話 津村記久子

 八月二十八日に、検査キットでコロナウイルス陽性になった。最高で三十八度七分の熱が出て、咳(せき)・喉痛・鼻水・頭痛のどれかが常にあり、時間によっては二つ以上症状が出て、終盤に食べ物の味がわからなくなった。高熱が出ると眠れない。熱が下がったかと思うとまた夜中に上がる。発症から五日経っても三十七度中盤の熱は出るし、十日経ってもいつも以上に疲れやすかった。二週間以上経って味覚は九割がた戻ったけれども、万全ではないように思える。風邪などではない。風邪は、こんなに厄介で、まとわりつくように嫌らしくて、人の体を症状でもてあそぶような気持ち悪い性格はしていない。インフルエンザとどちらかを選べと言われたら、もしこれまでの人生でかかったインフルエンザ程度でいいのなら、迷わずインフルエンザを選ぶ。

 どんな雰囲気を作られても、自分はかかりたくないから、五類になる前と同じ対策をしていたのだが、それでも感染した。どんな感情よりも悔しさが先に立った。遡(さかのぼ)って考えると、市中感染なのだろうと思う。いつ熱が下がるかわからず、数時間ごとに違う症状が現れて、また熱が出る。もうずっとこれを繰り返すのではないかと不安になる。会議の欠席を申し入れて、延期した打ち合わせの約束をまた延期することになって、あの仕事はできませんとメールを書いているうちに泣けてきた。そして終わってみないと後遺症があるかどうかはわからない。

 自分が大事にしている人たちに渡して何も感じないでいられるような苦しみではないし、知らない人から押し付けられて「お互い様」と流せるような苦痛でももちろんない。仕事相手や同僚のような少し距離のある人たちに感染させてしまったとしたら、また違ったニュアンスで厄介だと思う。

 なったら本当に嫌なものだとだけは確実に言えます。他の人はどうであれ、自分の心に従って、どうぞお気を付けください。=朝日新聞2023年9月20日掲載