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「デオナール アジア最大最古のごみ山」書評 願いかなう山には菓子も遺体も

評者: 磯野真穂 / 朝⽇新聞掲載:2023年10月07日
デオナール アジア最大最古のごみ山 くず拾いたちの愛と哀しみの物語 著者:ソーミャ・ロイ 出版社:柏書房 ジャンル:ノンフィクション・ルポルタージュ

ISBN: 9784760155309
発売⽇: 2023/08/28
サイズ: 19cm/372,10p

「デオナール アジア最大最古のごみ山」 [著]ソーミャ・ロイ

 朝食は高級ホテルのロールパン。夕食の野菜は、ホウレンソウ、キュウリ、カボチャにパパイア。お祝いの日は、ピスタチオのスライスに銀の装飾をちりばめたカラフルでクリーミーなお菓子。子どもたちは、熟したトマトを投げ合って笑い、たくさんのライチを見ては夏の終わりを知る。
 「この山はどんな願いでもかなえてくれる」。山にお菓子を食べにくる、高校生のヘーラーの言葉だ。
 これは大人にとっても変わらない。「仕事が決してなくなることのない山」という噂(うわさ)を聞き、インドのごみ山であるここデオナールに引っ越してきたのは、多くの子どもを抱えるハイダル・アリ。家を建て、10年以上が経過した。
 「ごみが減るなんてことある?」。ローンの返済が滞るのではと心配する著者にそう返すのは、デオナールで40年以上仕事を続ける古参の女性。著者とその父は、スラム街の住民に少額融資を行う財団を開いていた。実際デオナールの住民はムンバイのどこのスラム街の住民よりもローンをきちんと返済してくれた。
 願いのかなう山には何でもある。
 10代の少女ファルザーナーがごみ山にフォークを突っ込むと、出てきたのは重みのあるビニール袋。出てきたのは女の子の赤ん坊……と、腹の部分で繫(つな)がった2人の男児。死んだ新生児は、定期的なごみの一つ。
 ギャングの縄張りに忍び込めば、彼女が「血まみれの手」と呼ぶ手袋や、生理食塩水の袋などがある。医療用のビニールとプラスチックは高く売れるのだ。
 しかし時が経つにつれ、くず拾いたちの仕事は奪われていく。ごみを捨てる側にいる人々から有毒ガスなどの苦情が相次ぎ、市当局が縮小を試みるからだ。
 ファルザーナーは、忌み嫌う「血まみれの手」に手を伸ばす。
 ごみとは何か。きれいとは何か。読み手の心の暗部に突き刺さる珠玉のルポルタージュである。
    ◇
Saumya Roy インド・ムンバイが拠点のジャーナリスト、活動家。零細企業家を支援する財団を設立。