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トーマス・S・マラニー、クリストファー・レア「リサーチのはじめかた」 「自分中心的」な研究を提唱

 研究発表の質疑応答で、なぜこの研究をやっているのかと問われ、先行研究がなかったからですと答える場面にしばしば出くわす。誰もやってないので新規性には困らない。なるほど、先行者の瓜(うり)二つで時間を浪費するよりも、何であれ新しいに越したことはない。ただ、その答え方にいまいち納得できないのも理解してほしい。人類が知らないことなど無数に転がっているのであって、昭和62年発行のタウンページ、その224ページの冒頭にでてくる電話番号に無知であったとしても、特に理由がない限り、それを知りたいとも知らなければならないとも思わない。ある知識が重要なのではない。ある知識がどんな知の地図の上に置かれ、今後どこへ向かおうとしており、その航路が他人にとって何を切り拓(ひら)くのかが肝要なのだ。

 研究のハウツー本は巷(ちまた)に溢(あふ)れている。そのなかで本書が稀有(けう)なのは、一番の難所を、研究に着手する前の段階に定めている点だ。どんな問いを立て、いかなる問題を解決したいのか、そのことをそもそも知らない。知らないのにはじめなければならないという不可避の逆説のなか、ここで提唱されるのが「自分中心的研究」である。自分にとって興味があるという状態を、正直な内省やメモ書きを経て、より高い解像度のもと捉え直し、「反響板」とも呼ばれる研究仲間や師匠の助言の力を借りながら、自分だけの問いやテーマを見つけていく。たとえ偉い学者の言葉やある分野の定説であったとしても、退屈に感じたのならばその感情を否認してはならない。退屈の理由を理解することは、ユニークな「自分」というものの肌理(きめ)を看取することと表裏一体なのだから。

 すべてはGoogle検索で事足りる、といった態度をあざ笑うかのように、本書は、上手(うま)く問いを立てられないだけで誰しもが研究的な「やりたいこと」をもっているのだという前提に立つ。目立たないが、もっとも感動的な箇所である。=朝日新聞2023年11月25日掲載

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 安原和見訳、筑摩書房・2200円=3刷1万2500部。8月刊。「演習を交えながら問いの立て方を実践的に指南している。読者層は学生から先生、社会人まで幅広い」と担当編集者。