1. HOME
  2. インタビュー
  3. 著者に会いたい
  4. 谷良一さん「M-1はじめました。」インタビュー 数々のハードル生々しく

谷良一さん「M-1はじめました。」インタビュー 数々のハードル生々しく

谷良一さん

 昨年はクリスマスイブに令和ロマンが第19代王者に輝いた「M―1グランプリ」。2001年に始まり、今や年末の風物詩としてお笑い界最大のイベントに成長したが、構想前夜は吉本興業の名物常務から指名された男性社員たった一人によるプロジェクトだった。それが、初回から10年までM―1のプロデューサーを務めた本書の著者である。

 京大文学部卒業後の1981年に入社。横山やすし・西川きよしや間寛平らのマネジャーなどを経てデスクワーク中心の「つまらん日々」だったが、突如「低迷する『漫才』を盛り上げろ」と命を受けた。社内の仲間を求め、催しの骨子を考え、参加者を募り、スポンサーを探した。

 数々のハードルが生々しく記される。うち大きな一つは「全国ネットでのテレビ生中継」だった。当初は在京キー局にあたるが玉砕。最終的にお笑いを得意とする大阪・朝日放送に決まるが、演出や審査員の起用方針などをめぐってギリギリまで交渉を重ねたという。

 しかし、回を重ねて「M―1」がメジャーになると様々な人の態度が変わった。「大したことやってない人までが『M―1は俺が作った』と言うんですよね(笑)。それを知って僕は、ああ成功したんやなと」

 50歳だった06年、交通事故で大けがを負い「死ぬ前に仕事以外の好きなことも」と考え始め、20年に取締役を退任すると大阪文学学校で小説修業。ブログで書評を書けば出版社の編集者から「この本についてもぜひ」と献本があり、ついには「単行本でM―1について書いて下さい」と声をかけられ執筆を決めた。

 出版直後からテレビ・芸能業界で大きな話題となって版を重ねる。となると次回作は?と気になり問うと、「どうやろねぇ……『M―1つづけました。』かな?」と笑った。(文・写真 後藤洋平)=朝日新聞2024年1月20日掲載