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清水裕貴「岸」 「気配」に迫る写真の信念伝える

清水裕貴は、1984年生まれの写真家、作家。2018年、「手さぐりの呼吸」で「女による女のためのR―18文学賞」大賞。写真は本書から (C)Yuki Shimizu

 多くの写真集は規則を持っている。場所や人、イベント、歴史的背景など、それらは作者の言葉や批評家の解説で明かされ、読者の理解を助けてくれる。

 『岸』にはそういう仕掛けが見あたらない。言葉はときどき挿入される美しい、神話めいた短文だけ。それを解釈の糸口としたくなるが、著者は簡単にそうさせてくれない。約十年にわたって撮影された写真に、なるほど水を感じると思うやいなや、そうでもないかなとも思わされ、近づいたと思った理解は再び遠のく。何度ページを行き来しても、煙(けむ)に巻かれたような感覚が残る。

 清水さんは、これまでもしばしば水辺や、人間ではない存在をモチーフにした作品を発表してきた。『岸』に収められた写真はスナップのようにも、セットアップのようにも見える。本作は「記録」の集大成ではなく、「写真が描き出すのは、思いがけない他者の気配」だという。文章は「心象の表現」でも「被写体の直接的な説明」でもなく、「風景を語り直したもの」だという言葉がわたしにはしっくりくる。「気配」は見えないし、見えないものを写真に撮ることはできない。それでもなお、方法を模索するかのような著者の信念を、本書からは感じる。写真を撮ることは見ることであると同時に、居(い)ることでもある。もしかするとこれは、そのときその場で著者が感じた「ホールネス」を表現しようとする、野心的な試みなのかもしれない。押し寄せてははぐらかす「気配」に身を委ね、たゆたう感覚を楽しんでほしい。=朝日新聞2024年2月3日掲載