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不気味なリアリティーを持つもう一つの世界「聖乳歯の迷宮」 谷津矢車が薦める新刊文庫3点

  1. 『聖乳歯の迷宮』 本岡類著 文春文庫 990円
  2. 『奇譚蒐集録 鉄環の娘と来訪神(オトナイサマ)』 清水朔(はじめ)著 新潮文庫nex 737円
  3. 『週末は、おくのほそ道。』 大橋崇行著 双葉文庫 792円

 今回は「歴史を遠景に置いたエンターテインメント小説」で選書。

 キリストの乳歯(聖乳歯)がイスラエルで発見されたことに端を発する(1)は、古代史・考古学サークル「昔ものがたり探求会」に属していた人々の視点から描かれる群像劇で、現生人類と異なるDNAを有する聖乳歯の正体や、青ケ島で“事故死”した友人の死の真相に迫るサスペンス。聖乳歯の発見により宗教が台頭した作中世界は、我々の社会と極めて近い位相に置かれ、不気味なリアリティーを読者に投げかけている。

 時は大正、奇譚蒐集(きたんしゅうしゅう)家の顔を持つ帝大講師の南辺田廣章(みなべだこうしょう)とワケあり書生の山内真汐(ましお)の民俗調査を描くシリーズ第3弾である(2)は、信州諏訪の密儀を描く民俗学ミステリ。薩摩に鉄環(かなわ)を献上する「鉄環のお役」の内実が明らかになるにつれ、因習のベールの陰で不本意な生き方を選ばざるを得ない人々や、自らの欲望を満たす人々の姿が明らかになる。廣章・真汐コンビがいかにこの因習を絶つのかが読み所。本作の雰囲気がお気に召したなら1巻からお読みいただきたい。

 30歳の高校教員である美穂がある日、一緒に「俳句甲子園」に出場しながら突然転校してしまった高校時代の友人、空とSNSで再会するところから始まる(3)は、「おくのほそ道」の旅路を2人で辿(たど)る「漂泊」の物語。美穂の抱える仕事上、プライベート上の不安や不如意、再会した空の秘密が旅路を通じて浮かび上がり、前向きに変化していく姿を描く、癒やしと再生の物語。=朝日新聞2024年2月10日掲載