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「ここはすべての夜明けまえ」書評 SF?純文学?ジャンルを越境

評者: 山内マリコ / 朝⽇新聞掲載:2024年05月04日
ここはすべての夜明けまえ 著者:間宮 改衣 出版社:早川書房 ジャンル:ジャンル別

ISBN: 9784152103147
発売⽇: 2024/03/06
サイズ: 13.5×19.4cm/128p

「ここはすべての夜明け前」 [著]間宮改衣

 今から約百年後を舞台にした近未来SF小説。と聞いて、こんな感じかな? と人々の頭の中に浮かぶ物語の、多分どれとも似ていない。
 場所は九州の山奥。主人公は、食べることや眠ることを拒む肉体を持つ女性。耐えきれず安楽死措置を受けようとしたところ、彼女を溺愛(できあい)する父に引き留められ、代わりに受けたのが「融合手術」だ。肉体のほとんどが機械化したため、永遠に老いない。だから年齢でいうと百歳をゆうに超えているが、見た目は若いまま。
 家族が死に絶え、ついに独りぼっちになった彼女が、マシンの手で紙に書いたのが本書という。異様にひらがなが多いのは、画数の多い漢字を書くのは手が疲れて面倒だから。です・ます調で綴(つづ)られた言葉は、ぶらぶら歩きのごとく気ままに脱線をくり返す。
 二〇一〇年代半ばに発表されたボカロ曲「アスノヨゾラ哨戒班」、永瀬拓矢棋士が将棋ソフトと対戦した際のインタビュー動画、映画『ザ・ホエール』におけるブレンダン・フレイザーの名演。「どっかで人間になりそこね」、事実いまはマシンの体を持つ彼女の琴線に触れるものは、人だからこそできることと、コンピューターだからこそできること、その両方だ。どちらに優劣があるわけでもない。それぞれに素晴らしく、感動的な瞬間がある。
 生まれたときに亡くなった母、父親との近親相姦(そうかん)めいた関係、歳(とし)の離れた兄姉との不和、甥(おい)っ子との恋人関係など、血族のどろりとした部分を語った風変わりな「家族史」にもかかわらず、全編に漂う終末感はどこか清らかだ。感傷的で、ものさびしい。滅びゆく人類に手をふっているような。
 融合手術で〝産む性〟から解放される描写は、フェミニストSFの真骨頂。だが、そう括(くく)っていいものか。純文学としての評価も高い。ジャンルを越境した、途轍(とてつ)もなく突然変異的な作品であることは間違いない。
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まみや・かい 1992年生まれ。本作でハヤカワSFコンテスト特別賞を受賞し、デビュー。