育児が一段落したと思ったら...
――育休からの仕事復帰、ワンオペ育児、保育園、小1・小4の壁など、子育てしながら働く女性たちの等身大の姿をコミカルに描いた「働きママン」シリーズですが、久しぶりの新作で「まさかの更年期編」を描いたきっかけは?
自分でも更年期編まで描くとは想像していませんでした。このテーマを描こうと思ったきっかけは、自分自身が更年期を経験して「こんなにひどい目に遭うんだ!?」と驚いたからです。それなのに、更年期のつらさについて話す人も、実体験を描いたマンガも当時はほとんど見当たらなかった。
それならば、私が感じたままのことーー例えば「会社でホットフラッシュが起きたら?」のような具体的なエピソードを「働きママン」シリーズの続編で描いてみようと思ったことが続編につながりました。「自分だけじゃなかった。仲間がいたんだ」と読者の方に思ってもらえたら、描いた甲斐があります。
――おぐらさんが体験した更年期のつらさとは、どのようなものでしたか。
私の場合は、47歳頃からとにかく汗をかくようになったんです。気温に関係なく、普通に座っているだけなのに突然ドッと大量の汗が出てくる。同じように予兆もなしに突然、動悸がひどくなることもあって、一時は心臓の病気を疑ったほどでした。
40代後半から50代前半にかけては、そうした症状が一日に何度も現れて本当につらかったですね。54歳になった今はようやく症状が落ち着いてきたので、穏やかに過ごせるようになりました。
――最新作ではアラフィフになった“働きママン”の一ノ瀬圭子が、「子育ても一段落して、さあ仕事に集中!」と意気込んだ矢先に更年期に直面する、人生の“ままならなさ”が描かれます。
私も一ノ瀬と同じように思っていたんですよ。「2人の子どもが小さい頃はいろんな悩みがあったし、仕事との両立も大変だったけど、子どもたちが無事に成長した。ここからまた元のように仕事ができるし、楽しい日々が始まるはず!」って。
でも、現実はそうじゃなかった。
子育てと仕事の両立は、大変だったけど、とにかく私が頑張ればなんとかなったんです。でも更年期に関しては、頑張ろうと思っても頑張りようがなかった。
ようやく身辺が落ち着いたのに、今度はこんな危機がやってくるのか、こんなはずじゃなかったのに......と気力が削がれる感じがありました。
――仕事と育児の両立の大変さは「外」から来るものですが、更年期の不調は自分の「内」から来るものです。おぐらさんは心身の不調にどんな風に折り合いをつけましたか。
途中からは、「これは自分の考え方を変えなきゃいけない」と思うようになりましたね。「どうして以前のように戻れないんだろう」と嘆くのをやめて、自分の身体や生活、人生に対する考え方をあらためて、その変化を受け入れる。
それができるようになったことが、更年期を経て一番大きな変化だったと思います。
「働きママン」の13年、時代はどう変化した?
――本作では、管理職になった一ノ瀬の夫・健二の葛藤にもスポットが当てられています。ワンオペ育児を担わされる側もつらいですが、大黒柱でいるしかなかった側もつらい。それぞれの異なるしんどさが浮かび上がっています。
社会にはまだまだ男尊女卑の構造が残っていますが、大黒柱を背負わされる男性側だって本当はしんどい。でもその苦労を弱音として他人に言えない空気がずっとあった。そういう大変さも今回は描いたつもりです。
男と女で背負わされるものが違っていても、敵ではないのだから仲良く頑張っていきたいじゃないですか。恋人時代のように激しい愛情はなくなっても、家族としてお互いをいたわりあっていけたらいいですよね。
会社の人間関係も同じです。若手と管理職の間にジェネレーションギャップがあるのは仕方ないけれども、敵じゃない。属性が異なる人同士の違いを強調して、分断を煽るような描き方はしないように意識しました。
――「働きママン」シリーズのスタートは2011年、「ワーママ」という言葉が広く普及し始めた頃でもありました。13年前と今を比べて時代の変化を感じることはありますか。
こんなに長く続くシリーズになるとは想像していなかったのですが、育児と仕事に奔走するフルタイム勤務の主人公を見て、「私の状況とまったく同じ!」という共感の声が今でも寄せられるんです。10年経っても同じなんだな、という驚きはありますね。
一方で、若い世代の「育児と仕事」の感覚が大きく変化していることも感じます。私の娘はもう社会人で結婚していますが、夫婦ともに共働きで、家事も仕事も折半するのが彼女たちにとっては“普通”なんですね。息子は大学生ですが、娘と同じように「父親が育児や家事をするのは当たり前」という考えを持っています。
だから、成長した子どもたちから、「あなたたち夫婦は(離婚せずに)よくもったよね」と言われたこともありました。10年前と今ではこんなに価値観が変わったんだな、という新鮮な驚きがありますね。
今の若い子たちは「男/女はこうあるべき」といった性別役割にとらわれていないし、風通しは確実によくなってきていますよね。それ自体はいい変化だと思います。おそらく「現実的にはそう考えたほうが得」というか、そのほうが生きやすい時代になってきたのかもしれません。
育児はいい思い出、でも戻りたくはない
――更年期の悩みと並行して、中高生になった一ノ瀬家の子どもたちが自立していく姿も描かれています。
マンガでは長男の太郎が家から離れた大学に進学するところまで描きましたが、一ノ瀬夫婦はもう太郎がこの家には戻ってこないことを理解している。
子どもが家からいなくなるって、家族にとってすごく大きな変化なんですよ。
ずっと続くと思っていた子育てが、「え、これで終わり?」となると戸惑ってしまいますよね。私の場合はそのタイミングに更年期が重なったせいで、気持ちは焦るし汗は出るし......もう大変でした。
――おぐらさんのお子さんは成人されていますが、子育てをやりきった感覚はありますか。
息子はまだ家から大学に通っていますが、子育ては「もう終わった」と感じますね。
淋しさはありますが、もう戻りたくはない。だって子どもたちが小さい頃は本当に毎日が必死でしたから。あの頃のことを思い出すと「うん。私、よく頑張った!」と自分を褒めたくなります。
正直に言うと、仕事と育児の両立が大変すぎて「子どもがいなければ」と思ったことは何度もあります。でも、産んだことを後悔したことは一度もないし、この子たちがいなかった人生はもう考えられない。
今は、「いてくれてありがとう」という思いでいっぱいです。
――20数年間の子育て経験を通じて学んだことは?
「子どもは私とは違う人間だ」という事実がはっきりわかりました。
私が産んだ子だけれど、好みも考え方も違うし、絶対に分かり合えない部分もある。思い通りになんて動いてもらえない。それでも違う人間同士が仲良くやっていくにはどうすればいいのか。私の場合は子育てをしていなかったら、そのことに気付けなかったかもしれません。
――仕事と育児を並行させてきたからこそ、鍛えられた筋力もある。「働きママン」の主人公・一ノ瀬と重なりますね。
そうですね。シリーズ初期の一ノ瀬には頼れる女性の上司がいましたが、年齢が上がって部長職になった今は一ノ瀬が「守る側」としてやっていかないといけない。これって子育てと同じだと思うんです。彼女の場合は、育児を経験したことが、会社員としての成長にもつながったのだと思います。
子どもの進学、更年期をきっかけに美大へ
――本編のラストで、主人公は「働きママン」を卒業して次のステージへと向かっていく覚悟を固めます。おぐらさんご自身も、現在次のステージで挑戦されていますね。
自分の更年期と息子の大学進学がきっかけとなって、2023年から美術短期大学に通っています。
私は昔からずっと大学で学び直すことが夢だったのですが、「子どもが大学を卒業してから考えよう」と漠然と先送りにしていたんですね。でも、いざ息子が大学生になったら、お弁当を作る必要もなくなったし、朝食も夕食も用意しておけば勝手に済ませている。「あれ、これなら受験勉強できるのでは?」と気づいたんです。
そんな時期に自分の更年期が重なって、なんとなく死を意識するようになったんです。
もし、今死んだら何を後悔するだろう? そう考えたときに、「死ぬ前に美大に行きたい」という思いが湧いてきた。
そこから画塾に通ってデッサンを学び直し、受験勉強をして今の大学に進学しました。
同級生はほとんど18~19歳なので、最初の授業で私が教室に入って皆と並んで席に着いたら「え? なんで先生がこっちに座るの?」みたいな空気になりました(笑)。
でも1クラスしかないし少人数で話し合う実技も多いので、今は仲良く話せるようになりましたね。
――おぐらさんが進学することへの家族の反応は?
私がびっくりするくらい家族全員が大賛成してくれました。もしかしたら「お母さんの学費に充てるなら、子どもの学費にまわして」と言われるかと思ったのですが、まったくそんなことはなくみんな応援してくれましたね。
今は私と息子が同じ大学生なので、お互いに「ちゃんと頑張って単位取っているんだな」とリスペクトの気持ちが持てているかもしれません。
来年の春には卒業予定ですが、卒業後はマンガの仕事と並行して、大学で学んだことを活かして美術作家としても活動していけたらいいなと思っています。