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沖縄、基地と環境 「生の価値」を想像できる未来へ 森啓輔

米軍普天間飛行場周辺の川。有機フッ素化合物PFOSを含む泡消火剤が基地外に流出した、と米軍から地元自治体に通報があった。1日たっても泡が残っていた=2020年4月、沖縄県宜野湾市

 軍事基地の運用が環境や生態系に与える影響は、多岐にわたる。

 第2次大戦後の沖縄の基地建設を、米国のグローバルな戦略の一環として見た時、浮かび上がってくるのは、植民地主義と人種主義だ。その下では、環境に対する影響も軽んじられた。

平時から軍駐留

 林博史『暴力と差別としての米軍基地 沖縄と植民地――基地形成史の共通性』(かもがわ出版・1870円)は、米国が大戦中から戦後の基地計画のために確保すべき「最重要基地群」として位置付けていたのは、米軍統治下の琉球列島を含む植民地か属領であった、と指摘する。この地域とマーシャル諸島では、基地建設に伴う住民の強制退去、核実験などが行われ、人権と環境が著しく侵害された。

 他方、1950年に始まった朝鮮戦争を契機として、独立国に平時から軍隊を駐留させ、基地を設置する構想が、米国で一気に広がっていく。戦後日本の米軍駐留もこの構想の一部である。

 田中修三『米軍基地と環境汚染 ベトナム戦争、そして沖縄の基地汚染と環境管理』(五月書房新社・1980円)は、日米安全保障条約と日米地位協定を締結した後も、各種の化学物質を使用・運搬する在日米軍基地の環境管理については定めがなく、日本政府は運用レベルで対応を図ってきたと記している。

PFASに注目

 米軍基地とその周辺では、ダイオキシン、PCB含有汚泥、タール、重金属、燃料、赤土、放射性物質などの流出や汚染が観測され、問題となってきた。地位協定締結から55年後の2015年、ようやく環境補足協定が締結され、進展が期待されたが、日本側の受け身の姿勢が残る。基地返還時に汚染があっても米軍に原状回復の義務はないなど、地位協定の不平等も改善されていないという。

 そして今、米軍基地内の泡消火剤などが原因と見られている、有機フッ素化合物(PFAS〈ピーファス〉)汚染が世界的に注目され、規制の対象となりつつある。ジョン・ミッチェル、小泉昭夫、島袋夏子著、阿部小涼訳『永遠の化学物質 水のPFAS汚染』(岩波ブックレット・748円)は、16年に沖縄の嘉手納基地に近い北谷(ちゃたん)浄水場の水源から高濃度のPFOS(ピーフォス)と呼ばれる有害物質が発見されたこと、日本全国の基地周辺や工場にも広域汚染があることを指摘している。

安全保障の転換

 しかし、これらは全国的に知られているとは言い難い。軍事基地を起因とする環境汚染は、なぜ問題化しづらいのか。林公則『軍事環境問題の政治経済学』(日本経済評論社・4840円)は、軍事による国家安全保障政策は、それによって守られるはずの基地周辺住民の人権を侵害し、安全を脅かしているという。また、軍事による国家安全保障は、自国民を外的な脅威から守るという「軍事公共性」を神話化することで、周辺住民への人権侵害が後景に退きやすいと指摘する。

 そこで、敵国の存在のみを条件に成立する軍事による国家安全保障に代えて、「環境安全保障」の視点から見れば、環境と生命の基盤に対して脅威があるかどうかが重要となる。騒音や汚染、自然災害、生態系の崩壊、自然資源の枯渇などは人間の安全を脅かすが、軍事による安全保障は、これらに対処できない。

 環境と生命の基盤は代替物が存在しづらく希少な価値を持つからこそ、沖縄島北部では社会運動が展開し、現在も継続している。一方で経済的利益が国家や社会をのみ込み、他方で軍事的脅威に直面するなかで、人間がつくった仕組みによって序列化されない、生そのものの価値を想像できる未来が我々には要請されている。=朝日新聞2024年6月22日掲載