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選挙と社会 「目に余る選挙」が可視化するもの 安田峰俊

同じようなポスターが多数貼られた東京都知事選のポスター掲示場=6月20日、東京都中野区

 今月7日に投開票された東京都知事選挙は現職の小池百合子氏が圧勝したが、小池氏よりも話題になったのは、一部の候補者らの行動だった。

 選挙ポスター掲示枠の「販売」や卑猥(ひわい)な画像の掲示、女性候補者が政見放送中に上着を脱ぐなど、目に余る振る舞いが多々見られたのだ。

昔も大量立候補

 もっとも「目に余る選挙」はいまに始まった話ではない。『ヤバい選挙』(宮澤暁著、新潮新書・814円)によれば、1964年の東京五輪の前年、都知事選には右翼系の泡沫(ほうまつ)候補が大量に立候補。著者は五輪前に革新系都知事を当選させないための自民党の戦略だったと書く。

 泡沫候補たちは、野党統一候補である阪本勝の選挙活動を執拗(しつよう)に妨害した。有権者の勘違いを誘うためか、阪本と名前が似た候補者も2人おり、1人はなんと戸籍上で死亡扱いとされた人物だった。

 つまり、昔から選挙をかき乱す人は大勢いたのだが、とはいえ今回の都知事選も珍選挙として記録され得るものだった。問題視された「選挙運動」の多くは、事実上24人の候補者を擁立した政治団体「NHKから国民を守る党」の関係者によるものだ。

 同党の本質を知るには、『「NHKから国民を守る党」とは何だったのか?』(選挙ウォッチャーちだい著、新評論・1650円)が有用だ。著者は密着取材を通じて、同党が従来の「左右」の軸ではなく「下」に向けて訴求する存在であると説く。

 本書の「下」とは、選挙制度のような現代社会の複雑な仕組みを嫌い、政治家や大手マスコミなどの「エリート」を憎悪する困窮層や没落した旧中間層だ。著者はNHK党のコアな支持基盤を、ネット右翼的な価値観と親和性を持つ40~50代の男性だと述べる。

 彼らへの訴求は、エリート批判(=NHK叩〈たた〉き)以外に難しい政策を語る必要はない。面白おかしい選挙運動をSNSで話題にさせ、興味を持った人たちにYouTubeの動画を視聴させファンにする。同党は直近の参院選で2度、この徹底的なポピュリズムで議席を獲得してきた。

反エリート主義

 ポピュリズムは陰謀論や排外主義とも親和性が高い。最近刊行された『現代ネット政治=文化論』(藤田直哉著、作品社・2970円)は、無力感や疎外感を抱く「負け組」による反エリート主義と、政治的な敵味方を徹底的に峻別(しゅんべつ)する姿勢に、ポピュリズムと陰謀論の共通点を見る。

 加えて藤田は、社会的地位にも経済的成功にも恵まれない就職氷河期世代の「弱者男性」層と、ネット右翼や陰謀論者との親和性も指摘している。これはNHK党の支持層とも重複する属性だ。

 SNSやショート動画は、断片的かつエモーショナルな情報発信にたけ、同じ考えを持つ「味方」同士を結びつけやすい。ゆえに、極論の流布や大衆迎合的な選挙手法とは相性がいい。

 今回の都知事選ではNHK党の他にも、反ワクチン陰謀論や排外主義と親和性が高い人物や、SNSで誹謗(ひぼう)中傷を繰り返してきた人物などが複数立候補し、それぞれ10万票弱からそれ以上と無視できない数の票を集めている。

 165万票超を獲得して2位となった前・広島県安芸高田市長の石丸伸二氏も、SNS選挙の達人だった。具体的な政策をあえて語らず、YouTubeやTikTokのショート動画を活用する戦術を採用。若者層を中心に人気を集めた。

 現状を恨む中年貧困層や、将来に不安を持つ若者層に共通するのは、現状のシステムへの強い懐疑だ。それは既存政党への不信感に加え、選挙の仕組み自体への「飽き」としても表出している。

 今回の都知事選は、そうした由々しき兆候が可視化されはじめた選挙として後世に記憶されるかもしれない。=朝日新聞2024年7月27日掲載