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「パリの本屋さん」書評 博覧強記が導く街の深奥への旅

評者: 望月京 / 朝⽇新聞掲載:2024年08月03日
パリの本屋さん (単行本) 著者:鹿島 茂 出版社:中央公論新社 ジャンル:文学・評論

ISBN: 9784120057991
発売⽇: 2024/06/19
サイズ: 1.5×17.3cm/368p

「パリの本屋さん」 [著]鹿島茂

 セーヌ川やヴェルサイユ宮殿、コンコルド広場など、市街や近郊の観光名所も会場となる今回のパリオリンピック。今日、世界の人々を唸(うな)らせる街の景観はいかにして作られたのか。
 本書の主題は実のところ、パリが現在のように作り替えられた19世紀半ばの都市大改造や、その前後のパリの姿についてである。パリ史を専門とする著者が、その研究のために半世紀にわたり希少な資料を渉猟し購入してきた古書店の数々が、いわば「パリの本屋さん」というわけだ。
 そうして入手した資料に基づき、オペラ座などの歴史的建造物からデパートや美術館、カフェに至るまで、おなじみのパリの風物がいかなる意図のもとに作られたのかを知るだけでも十分興味深いが、本書の白眉(はくび)は、博覧強記の著者が建物に関連づけ導き出す推論の広がり――たとえば複数の民族の集合的無意識が封じ込められた人類最古の共同幻想の表象としてのノートルダム大聖堂。機能と美観の拮抗(きっこう)から生まれる表現様式とその評価の変遷が、建築から文学、芸術、ファッション、女性の生き方など多岐に及ぶあたり――によって、その時々の人々の思想や意識が幅広く生き生きと浮かび上がってくる点だろう。
 「パリの本屋さん」こと古書店(日本で想像する「古本屋」とは別物)についても、全体の4分の1に満たない分量(82ページ)ながら、私など数十年パリに住んでも存在すら知らなかったコアな世界で、自分では決して気づけない知的発見の充溢(じゅういつ)に興奮の連続。
 本書は、著者がこの四半世紀ほどの間に発表したエッセイや講演録の集成で、その特性ゆえに情報の重複や更新の点でやや疑問もあるが、それを補って余りある豊饒(ほうじょう)な内容は、まさに「知的刺激に満ちた〝読む〟パリ・ツアー」(帯文)。読み手のパリに関する知識や経験の如何(いかん)にかかわらず、この街の深奥に触れられること請け合いだ。
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かしま・しげる 1949年生まれ。作家、フランス文学者。『職業別 パリ風俗』で読売文学賞。