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君島彼方さんの読んできた本たち 「小説にしかできないことがある」と思わせた山本文緒作品との出会い

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「ホラー文庫から読書を広げる」

――いつもいちばん古い読書の記憶からおうかがいしております。

君嶋:小説でいうと、小学校3、4年生くらいの頃から角川ホラー文庫をよく読むようになりました。最初に手に取ったのはたぶん、吉村達也さんの『ケータイ』だと思います。高校生の主人公の携帯に夜中電話がかかってきて、出てみたら友達の断末魔が聞こえるという。電話がかかってきた子が次のターゲットになる、という話でした。たぶん書店で見つけて、裏側のあらすじを読んで選んだんだと思うんですよね。親が、携帯から断末魔が聞こえてくる小説を子供に薦めるとは思えないし(笑)。

 吉村達也さんがきっかけで角川ホラー文庫を読むようになり、吉村さんだけでなく、新津きよみさん、朱川湊人さん、小林泰三さんといった方々の作品を読んでいくようになりました。僕は作家読みをするほうだったので、ホラー文庫で読んだ作家さんが他のレーベルから出している本も読んでいたと思います。正直、その頃はあまりどこの出版社から出ている本かということは意識していませんでした。

 江戸川乱歩の少年探偵団シリーズも、学校の図書館で読んだりしていましたね。もしかしたら読書体験で言えばそちらの方が先かもしれません。

――それまでも読書は好きだったのですか。絵本とか。

君嶋:小さい頃からよく読んでいたので言葉をおぼえるのが早かった、と親は言っていました。絵本は一時期一緒に住んでいた祖母がいろいろ買ってくれていて、大人になってから家には結構いっぱい絵本があったんだなと気づきました。なので最初から読書自体に全然抵抗はなかったし、漫画も読んでいたので、小説を読み始める土台はあったと思います。

 祖母の好みだったのか、家には『はらぺこあおむし』のようなオーソドックスな絵本はそんなになかった気がします。印象に残っている絵本もいくつかあるんですが、うろ憶えで...。その中の1冊、アラステア・グレイハムの『フルムーンスープ すべては、このスープからはじまった』は、満月の日に一軒のホテルの中で起きるいろんな出来事を、1ページずつ描いていく絵本です。それとタイトルは忘れてしまったんですが、大きな木が出てくる話で、裏表紙でその木が擬人化されて走っているイラストが描かれた絵本があったんですよね。国内の作家だったと思います。もう1冊もタイトルを忘れてしまったんですが、それは海外の絵本で、図書館から借りた本を返さなきゃいけないのに返せなくて、そのための言い訳を色々といくつも考えるという内容でした。その3冊は今でも印象に残っています。

――漫画は何を読まれていたのですか。

君嶋:当時は『地獄先生ぬ~べ~』をずっと読んでいました。はじめて自分で買った漫画は『まもって守護月天!』という漫画でした。主人公が中学2年生の男の子で、親が海外を飛びまわっているので一人暮らしをしているんです。お父さんから送られてきたお土産の中から精霊の女の子が出てきて、同居するというコメディでした。

 あとはよく図書館に行っていたので、そこで手塚治虫の漫画を読んでいました。『ブラック・ジャック』、『ブッダ』、『火の鳥』あたりです。

――国語の授業は好きでしたか。

君嶋:好きではなかったけれど得意でした。漢字やことわざが結構好きだったんですよ。中学1年生の時に漢検を受けて準二級に受かって、表彰されました。それで満足しちゃったので、その後は特に試験を受けたりはしなかったんですけれど。慣用句になぞらえた漫画が親戚の家かどこかにあって、それをかなり読み込んで無駄に知識がついていました。中学生で「四面楚歌」とか「臥薪嘗胆」とか、いろいろおぼえていた記憶があります。

 でも授業はあまり好きではなかったです。自主的に読んだり調べたりするのは好きだったんですけれど、授業で「これをおぼえなさい」「あれやりなさい」と言われるとやる気が起きないというか。

 学校の課題で憶えているのは、夏休みの宿題で各出版社が出している夏の文庫フェアの冊子から1冊選んで感想を書くというもので、僕は伊坂幸太郎さんの『ラッシュライフ』を選びました。何気なく読んだらめちゃくちゃ面白くて、そこから伊坂幸太郎さんにはまりました。たぶん高校生の時だったと思います。

――教室ではどういう子供だったと思いますか。

君嶋:相当浮いていたと思います。

――君嶋さんはデビュー当時から、お話も上手で親しみやすい印象なのに意外です。

君嶋:僕は中高一貫の男子校に通っていたんですけれど、自分では暗黒時代だと思っていて。全然友達もいなかったですし、本の趣味も誰とも合わなかったです。あと、運動神経がすごく悪かったんですね。あの時代の男子校って、運動神経の良し悪しでカーストが決まるというか。特にサッカーなどの集団競技の時に疎ましがられるんですよ。「あいつと一緒かよ」みたいに言われて、針の筵な感じで。なので、ひっそり息をひそめて過ごした6年間でした。でも、あの時期がなかったら小説家にならなかった気もするので...。

――部活は何かやっていましたか。

君嶋:写真部でした。デジカメはそんなに普及していなかったので、一眼レフで白黒を撮って、部室に暗室があったので自分たちで現像していました。

――何を撮っていたんですか。

君嶋:本当にいろいろです。毎年合宿も行っていました。富士山の麓の湖のそばに行って、まだ寒い朝の4時くらいに、明け方の富士をひたすら撮る、というのやらされていました。なぜか必ず仙台と京都にも行っていました。たぶん顧問の趣味です。

 暗黒時代でしたが、部活は教室よりは話が合う人が多かったです。同学年より先輩や後輩のほうが話しやすくて、昼休みも教室から抜け出してみんなでこっそり部室に集まったりしていました。

「中2からドラマにはまる」

――読書と写真以外に、なにかはまったことはありますか。

君嶋:ドラマを相当な数見ていました。放送時間がかぶる時は、ひとつはリアルタイムで見て、ひとつは録画して見るという感じで、毎クール、ドラマの1話目は全部絶対に見るというのを自分に課していました。中学2年生くらいからブログにドラマの感想も書いていました。クールの変わり目には、次のクールにやるドラマの脚本家や出演者を一覧にしたりして(笑)。同世代でドラマを見ている人は少なくて、主婦の人がコメントをくれて交流したりしていました。次第に更新頻度は減っていきましたが、大学を卒業するまで続けていました。

――ドラマを見る時の主なポイントはどこだったのでしょう。役者なのか、脚本なのか...。

君嶋:役者ではあまり見ていなかったです。基本は脚本家で見ていることが多かったですね。第1話で面白くなさそうだなと思っても、どう転がるか分からないから2話3話と見ていって、やっぱり面白くなさそうだなと思うものから順に切っていっていました。たぶん、当時のドラマのタイトルを聞いたらだいたい思い出せます。

――最終回まで見た、面白かったドラマって何ですか。

君嶋:いちばん好きなドラマを訊かれたら「すいか」と答えています。僕が中学生の頃に放送されていたドラマで、木皿泉さんが脚本です。設定自体は地味で、女の人たちがひとつの下宿に集まって、という話で。売り出し中のイケメンとかアイドルが出ているわけでもないし、ほとんど何も起こらないし、正直最初はそれほど食指が動かなかったんです。でも見ていくうちにどんどん面白くなっていって。台詞とか感情の動かし方がうまくて、心が揺さぶられるんですよね。

 木皿泉さんの脚本では、「野ブタ。をプロデュース」もすごく好きでした。「すいか」の派手じゃないところが好きだったのに今度はアイドルが主演で、「ああ、狙いにいったんだな」と思ったけれど、見たらめちゃくちゃ面白かった。地上波の連続ドラマは他に「セクシーボイスアンドロボ」や「Q10」を書かれていて、それは全部見ました。BSのドラマだったので僕は見られなかったんですが、『昨日のカレー、明日のパン』は原作小説を読みました。

――脚本家は重要ですよね。

君嶋:そうですよね。でも、僕の周囲ではドラマでも映画でも、監督や脚本で選んで見るという人が少ないんですよね。漫画や小説は作者で選ぶ人が多いのに、ドラマとか映画になるとキャストとか設定で判断する人が多いのが不思議だなと思っています。

――この人の脚本だったらチェックする、という方は。

君嶋:森下佳子さん。僕はたぶん、「白夜行」から入りました。「JIN」や少し前にやっていた「大奥」など、森下さんの脚本は傑作揃いです。

 それと大森美香さん。僕は「カバチタレ!」から入りました。「不機嫌なジーン」もよかったし、「マイ☆ボス マイ☆ヒーロー」も。会話のテンポとか、心の声とかがすごく面白い方なんですよね。ストーリーも伏線というか、ここでそれをこう繋げてくるのか、みたいなことをする。「マイ☆ボス マイ☆ヒーロー」は学校の話ですけれど、授業の内容をストーリーの流れに絡めていて、そのあたりがすごく上手だなと思いながら見ていました。

――原作のあるドラマを見て気に入った場合、原作の小説や漫画もチェックしますか。

君嶋:ものによります。ドラマと原作で設定が違ったりすると、読まなくてもいいかなという感じでした。たとえば「カバチタレ!」は、ドラマだと常盤貴子さんと深津絵里さんですが、漫画の『カバチタレ!』は男の人2人の話なんですよ。

――女性の脚本家さんばかりなのはたまたまですかね?

君嶋:気にしていなかったけれど、言われてみるとそうですね。好きな映画監督は男性が多いかもしれません。「嫌われ松子の一生」や「告白」の中島哲也さんとか。園子温さんは、「愛のむきだし」の満島ひかりさんと安藤サクラさんの演技に衝撃を受けましたし、「紀子の食卓」の吉高由里子さん、「ヒミズ」の二階堂ふみさんの演技もすごかった。是枝裕和さんも好きです。「誰も知らない」から入って、いちばん好きなのは「歩いても 歩いても」です。大きな物語は起きないけれど、ディテールの細かさとか、役者さんの演技が素晴らしくてぐっときました。

「いちばん影響を受けた作家」

――その頃、将来の仕事などは何かイメージしていたんですか。

君嶋:昔は漫画家になりたくて、漫画を描いていたんです。ただ、物語を作るのは好きなんですけれどあまりにも絵が下手すぎて挫折しました。でもやっぱり何か物語を作りたいなと思っていた中学2年生の頃に、『ブルーもしくはブルー』というドラマを見て、面白かったので山本文緒さんの原作も読んでみたんです。

 それまで自分の中で、小説というのはあくまでも楽しむものでしかなかったんですけれど、山本文緒さんを読んで「小説ってすげえな」「やっぱり小説にしかできないことがあるな」となって、自分でも書いてみたくなりました。山本さんの文体も心理描写がすごく好きで、それはやっぱり漫画では描けない部分なので、文章っていう道もあるんだなと思ったんです。最初は本格的に小説家になろうと思ったわけではなくて、趣味程度で書いてみようと思っただけなんですが。

――山本文緒さんの他の作品も読みましたか。

君嶋:はい。その頃に刊行されていた一般文芸の作品は全部読みました。『パイナップルの彼方』以降の作品ということになりますが、刊行順はそこまで気にせず、あるものからどんどん買いました。『あなたには帰る家がある』とか、『群青の夜の羽毛布』とか、『恋愛中毒』とか...。直木賞を受賞された『プラナリア』は、自分がはじめてハードカバーで買った本でした。でも、その後、ぱったり本を出さなくなっちゃったんですよね。もう読めないのかとすごく残念に思っていた記憶があります。

 それからしばらく経って、僕が大学生の時に『アカペラ』が出たんですよ。もちろん読みました。そこからまた間があいて、『なぎさ』が出て、またちょっと間があいて『自転しながら公転する』が出て。最後の小説集の『ばにらさま』は、僕のデビュー作の『君の顔では泣けない』と同時とまではいかないけれど、ほぼ同じタイミングで書店に並んだんです。

――君嶋さんは2021年に『君の顔では泣けない』で〈小説 野性時代 新人賞〉を受賞してデビューされたんですよね。9月に本が刊行されて、10月に山本さんが亡くなって...。

君嶋:そうなんです。ショックでした。KADOKAWAさんも「山本さんと対談できたらいいですね」という話はしてくださっていたし、僕も山本さんにお手紙を送ったりもしていたんです。でもその頃には闘病されていたんですよね。

 その後、新潮社から山本さんの『無人島のふたり 120日以上生きなくちゃ日記』が出たじゃないですか。あれは読んで「うっ」となりました。ただの日記でもこんなに文章がすさまじいんだなと思いました。日記媒体なのに、記録のためというより、何かを書きたいと思って書いているというのがすごく感じられるんです。やっぱり最後まで作家だったんだなと思って、衝撃を受けました。いちばん好きな作家といったら山本文緒さんで、きっとこの先更新することはないと思います。それくらい影響を与えられています。

「文芸サークル、就職、デビュー」

――山本さんの『ブルーもしくはブルー』を読んだ後、自分でも書き始めたのですか。

君嶋:最初は思ったことを形にする程度で、掌編みたいものをチラシの裏に書いていました。きちんとした小説を書こうと思ったのは大学生の時です。どこのサークルに入ろうかなと思って調べてみたら文芸サークルがあったので、自分も一応お遊びで小説っぽいものを書いていたからちょっとやってみようと思って。そこから自分も小説を書くことをちゃんと意識し始めた感じがします。

 活動としては、年に4回くらい合同誌みたいなものを出すので、みんなそこに向けて小説を書くんです。書きあげたら、それで合評会みたいなことをしていました。

――そういう時って、かなりディベートするんですか。

君嶋:そうですね。今振り返ると、結構きちんとしたことをやっていたなと思います。やっぱり読むのが好きな人が集まっているので、みんな目が肥えているんですよね。目が肥えていたら小説が上手に書けるかはまた別なんですけれど(笑)、すごく参考になる意見があったなと思います。でもやっぱりみんな、褒めるよりはどうしても批判のほうにいきがちなので、なにくそと思うこともありました。

 4年間の活動で年4回合同誌に書くと、16作書くことになりますよね。もちろん短いものも含めてですけれど、そこで基礎的な力はできたと思います。やっぱり、最後まで書き上げられる人って少ないんです。1回前篇を載せて、「後篇に続きます」と予告しているのにいつまでたっても書かない、みたいな人が結構いました。最後まで書く力はそこで結構作れたんじゃないかなと思っています。

――どういう作品を書いていたのですか。前に、自分と似た人物は書きづらいとおっしゃっていましたよね。

君嶋:大学生の話は書いたことがなかったです。いつも、OLの話とか、主婦の話とかでした。女性主人公が多かったのは山本文緒さんに影響されていたからかもしれないし、やっぱりドラマを見ていると、そういう主人公が多かったからかもしれません。ドラマを見て女の人たちの日常に関する知識を吸収した、というのはある気がします(笑)。

――文芸サークルでは、本の情報を交換して読書の幅も広がったのでは。

君嶋:そうですね。やっぱり教えてもらうことがすごくありました。その中で僕がいちばんはまったのが長嶋有さんです。先輩から教えてもらった『夕子ちゃんの近道』を最初に読んで面白いなと思って、そこから他の作品も読み漁りました。長嶋さんも著作があまりないのでその当時刊行されているものはすぐ読み終わってしまって、寂しいなと思っていたんですけれど。

 当時、サークルでは舞城王太郎さんと西尾維新さんがすごく流行っていました。みんな西尾さんの文体を真似したがるんですよ。あとは森見登美彦さん。僕一人だけ長嶋有さんっぽい文体にしようとして大失敗していました。やっぱりそんな簡単には真似できなくて。

 長嶋さんは本当になんでもないことをとても情緒的に書く人ですよね。ドラマの「すいか」もそうですけれど、なんでもないことを面白く書けるってなかなかできることじゃないよなと思っていました。何か物語を書こうとする時、たいてい派手で分かりやすい展開に持っていきがちで、もちろんそれをしっかり書けるのはすごい才能だけど、なんでもないことを書いてしかもちゃんと面白くて響く、というのがすごいなと思っていました。僕もそういうものを書いてやろうとしたんですけれど、無謀でした。

――長嶋さん作品の中ではやっぱり『夕子ちゃんの近道』がいちばん好きですか。

君嶋:そうですね、そこから入ったので、やっぱりいちばんかな。「猛スピードで母は」も「サイドカーに犬」も(ともに『猛スピードで母は』所収)、『パラレル』もすごく好きでした。

――その頃、ご自身の中で自分の作風がエンタメなのか純文学なのかといった認識はありましたか。

君嶋:実はいまだにわからなくて。ただ書きたいものを書く、という感じでずっときているので、正直そんなに意識はしていないです。読んでいでもその線引きは難しいなと感じるので、自分の中で答えは出ていないです。

――新人賞の応募も始めたのですか。

君嶋:大学在学中から応募し始めました。僕に長嶋有さんを薦めてくれた先輩が「なにか賞に出してみれば」と言ってくれて。それほど小説家になりたい気持ちはなかったんですが、先輩に言われて出してみる気になり、ネットで調べたんです。それで、なぜ選んだのかは憶えていないんですが、小説すばる新人賞に出しました。それが結構いいところまでいったんですよ。最終選考の一個手前くらいまで残っていました。その時に大賞を獲ったのが朝井リョウさんの『桐島、部活やめるってよ』だったんです。僕、朝井さんと同い年なんです。

――あ、平成元年生まれですよね。

君嶋:そうです。なにかのインタビューを読んだら朝井さんにリア充感を感じて、やっぱりちょっと悔しいっていうのがありました(笑)。そこからちゃんと小説家になりたいって思い始めたのかもしれません。

 部誌にも書いていたのでたくさん応募作が書けるわけではなく、そこからは応募先は小説すばる新人賞一本でいきました。でも、それ以降はずっと箸にも棒にも引っかからずでした。

 そこから社会人になったんですけれど、すごく激務だったんです。今は転職してふたつめの職場にいるんですけれど、ひとつめは僕、テレビのADをやってまして。

――ADさんってめちゃくちゃ大変なのでは。

君嶋:ある帯番組のADだったんですけど、曜日ごとに班が決まっていて、僕は火曜日の班でした。そうすると前日の月曜日の朝8時くらいに出社してそこからずっと仕事して、翌日火曜日のオンエアが終わった後もいろいろやらなくちゃいけないので、結局帰るのが夕方の5時くらい。その間、ほぼ寝ていないんですよ。というのが週に一度必ずありました。

――それ以外の曜日もいろいろやることはありますしね。

君嶋:小説を書く暇も、本を読む時間もドラマを見る時間もなかったです。ちょっと時間ができても疲れていて気力が湧かないし、集中できなくて。

 僕、もともとはドラマを作りたかったんですよね。でもなかなか志望通りの番組にはいけなかった。それと、2年目くらいの時に同じ職場の人と結婚したんです。2人で同じ職場にいるのはどうなんだということもあり、妻と話して、思い切って僕が転職することにしました。

 転職先は、自分の時間が自由になる、ホワイトそうなところにしようと思って。就業時間が9時5時の職場に転職しました。今はそれから10年経ったんでちょっと偉くなってちょっと忙しくなったんですけれど、最初の頃は本当にまだ外が明るい5時に帰っていました。

 それで生活が落ち着いてきたので、久々に小説が書きたくなって。その時は新人賞に投稿することは頭になくて、文学フリマに出したいなと思ったんです。いきなり一人で出すのはハードルが高かったので文芸サークルの人たちに声をかけて、合同誌ではなくそれぞれ出そうということになりました。文学フリマは1年に2回ありますが、僕は年1回出していました。4年くらいそれが続いたんですが、一緒にやる人も一人減り、また一人減り、結局僕しか残らなくて。それに正直、そんなに売れなかったんですね。1日10冊売れればいいほうでした。でもたまにSNSを検索すると、「君嶋彼方さんの本がすごくよかった」みたいな感想があって、小説を書くのって楽しいなと思っていました。

 そうしたら妻が、お前は本当にそれでいいのか、と。「昔は小説家になりたくていろいろやっていたんじゃないのか」と言われまして。それで「確かに...」となって。久しぶりにもう一回投稿してみようと思っていた頃に、文フリに出した短篇集を知り合いが読んでくれたんですが、その中の一篇が『君の顔では泣けない』の短篇バージョンだったんです。

――『君の顔では泣けない』は、高校生の頃に身体が入れ替わってしまった男女2人の30歳の時の話と、彼らの高校時代からの話が交互に語られていく構成ですよね。

君嶋:短篇で書いたのは、30歳の時の話だけだったんですね。その知り合いが、「30歳の時だけじゃなくて、彼らが今までどういうふうに過ごしてきたかもすごく気になるから、長篇にもなりそうだよね」みたいな感想を言ってくれたんです。確かにそれは面白そうだと思い、膨らませて長篇にして、因縁の小説すばる新人賞に送ったんですけれど、二次くらいまでいって駄目でした。

 それで、どうしようかなと迷ったんですが、ぜっかく久々にそれなりの長さのものを思いっきり書いたので、このまま駄目にするのはもったいないなと思って。そこから改稿していきました。

 それで別のところに投稿しようと思って調べたら、KADOKAWAの〈小説 野性時代 新人賞〉 の締切が近かったんです。そこに応募して駄目だったら別のものを新しく書こうと思っていたら、最終選考に残ったという連絡をいただいたんです。

 前に小説すばる新人賞に出してるけど大丈夫かなと思ったら、やっぱり未発表作品ですかと訊かれたので正直に言いました。改稿する前のものを応募したこととか、短篇バージョンを文フリに出したこととか。「じゃあナシですね」と言われたらどうしようと思ったんですけれど、言わないで後からバレた時のほうがもっとまずいことになるなと思いました。そうしたら「社内で相談します」みたいな答えが返ってきてすごくドキドキしてたんですが、結果的に「改稿したものであれば大丈夫です」と連絡が来たのでほっとしました。

「最終選考は何月何日にありますので、お電話をとれるようにしてください」と言われ、指定された時間帯が平日の午後だったので、その日は休みをとって家で一人で悶々としていました。ただ悶々とするのは時間の無駄だなと思って次の作品を書いていたんですけれど、当然、まったく筆は進まず(笑)。3時から選考会で、4時半くらいにかかってきたのかな。「おめでとうございます」と言われて、まじかと思って。

 電話をくださったのが文庫の担当編集になってくれた方なんですけれど、すごく淡々としていたんです。割と冷静に事務的な話をして終わって、「あれ、そんなに喜ばしいことじゃないのかな」と思った記憶がすごく残っています。その後一緒にお仕事をしていくうちに、もともと淡々とした方だってわかりました(笑)。

 事務的な話をして電話を切って、速攻で妻に電話したらケーキを買ってきてくれたんですが、自分が食べたいからといって3個買ってきたんですよ。妻が「いいことがあったからお祝い」と言って3個のケーキの写真をインスタのストーリーに挙げたら、みんな妊娠と勘違してました(笑)。

「学生~社会人の頃の読書」

――当時の読書はいかがでしたか。たとえば、小説すばる新人賞の過去の受賞作を読んで傾向と対策を考えるとかはされました?

君嶋:受賞作は大学生時代のほうが読んでいました。仕事を始めてからはやっぱり時間がとれなくて、好きな作家さんが出したものを優先的に読んでいたので。大学の時は小説すばる新人賞受賞作では水森サトリさんの『でかい月だな』とか、三崎亜記さんの『となり町戦争』とか...。

 大学生の時、みんな「応募するなら過去の受賞作も掲載誌も読んだほうがいい」と言っていたんですけれど、でもそれで実績を出した人が一人もいなかったので、どこまで正しいか分からないです。正直、〈小説 野性時代 新人賞〉の受賞作も1作も読まずに応募したので、タイミングとかもあるのかなと思っています。

――好きなものを読んでいたというのは、山本文緒さんや伊坂幸太郎さんの他にどんな方の作品ですか。

君嶋:大学を卒業したくらいから平山夢明さんにはまっていて、『独白するユニバーサル横メルカトル』や『他人事』などを読みました。あとは同じ時期から歌野晶午さんも、『葉桜の季節に君を想うということ』などの作品を読みました。歌野さんは『さらわれたい女』から入ったんです。映画化されて(映画版のタイトルは『カオス』)、それを見て原作を読んだ記憶があります。僕、歌野さんは短篇集がすごく好きで。『ハッピーエンドにさよならを』という短篇集の最後に「尊厳、死」という作品があるんですね。あれは締めのお話として、めちゃくちゃ格好よく決まっているんです。

 あとずっと読んでいるのは筒井康隆さんです。大学生くらいの頃から読み始め、作品が多くて全部は読み切れていませんが、いちばん好きなのは『家族八景』です。

――七瀬三部作の最初の作品ですが、三部作ではなく『家族八景』が好きということですか。

君嶋:もちろん三部作全部読んだんですけれど、『家族八景』がいちばん好きですね。学生の頃は家族に興味があって、卒論で疑似家族について書くくらいだったんです。『家族八景』は主人公の火田七瀬が住み込みのお手伝いとしていろんな家庭を転々とする話ですが、本当にいろんな形の家族が出てくるじゃないですか。それと、描写がやっぱりすごかった。「澱の呪縛」という相当不潔な家に行く話があるんですけれど、その不潔描写が本当に気持ち悪くなるくらい不潔で(笑)、すごいなと思いました。

 あと筒井さんでは『虚構船団』なんかは逆立ちしても書けないなというか、よくこういうものを書けるなあと思ったし、面白かったです。

――そして、デビューして兼業されて...。

君嶋:本当は今勤めている会社が副業が禁止のはずなんですけれど、会社に伝えたら「ああ、いいんじゃない」と軽く返事をされ、一応公認となりました。最初は周囲には隠していたんです。ありがたいことに「王様のブランチ」のブックコーナーに出演することになって、一応それも伝えたら「あ、いいよ」という感じで、それで出演したら一気に社内に広まってしまいました。

――1日の執筆時間は決まっていますか。

君嶋:基本的には会社から帰ってきてから書くことが多いです。会社の飲み会があってどんなに酔っ払っている日でも、1日1行だけでも書こうと思っていて。さすがに旅行に行った時は無理ですけれど、家に帰るのであれば、とりあえずパソコンを開き、とりあえずキーボードを叩く、というのは頑張ろうかなと思っています。

「最近好きな脚本家、監督」

――デビューされてから、読書生活は変わりましたか。

君嶋:じつは全然読まなくなりました。さすがに「これは読まねば」という時は読んでいますが、やっぱり影響されるのがすごく怖いというのがひとつあります。それと、これは本当に生意気な話なんですけれど、「自分だったらこう書くのに」と思ってしまう時があって、純粋に没頭できなくなっちゃうというのがあります。

――それは話の構造なのか、キャラクター造形なのか...。

君嶋:展開とかキャラクター造形でそう感じることが多いのかな。僕は結構ステレオタイプが嫌いなんです。もちろんそれが駄目だというわけではなく、単に僕の趣味の話なんですけれど、ステレオタイプに寄せた人物が出てくると「自分ならこうするな」と思ってしまうんですよね。

 だから小説よりも映画やドラマのほうが純粋に楽しめるというのがあります。でもやっぱり小説は読まなきゃなという気持ちもあるので、葛藤している日々です。

――最近の映画やドラマでの、好きな監督や脚本家は。

君嶋:吉田恵輔さんという映画監督がいて。わりと前から観ていたんですけれど、最近ますますすごいなと思っています。最近では「ミッシング」という、石原さとみさん主演で幼い娘が突然失踪した夫婦の話を撮っています。そういう母親の役だったらもっと似合いそうな俳優さんはいると思うんですが、テレビドラマのイメージの強い石原さんを選ぶってところが、まずすごいなと思って。

――「ミッシング」観ました。石原さんの演技すごかったです。

君嶋:吉田監督に「さんかく」という映画もあって、それがすごく嫌な感じの三角関係の話で面白いんです。人間の業の深さみたいなものを描く方ですね。最近だと「神は見返りを求める」という映画があって。岸井ゆきのさんが主演で売れないYouTuberで、たまたま知り合ったムロツヨシさん演じるおじさんが協力するようになるんですけれど。

――あ、「ミッシング」と同じ監督でしたか。あれ、いい話になるかと思ったら...。

君嶋:どんどんえげつない方向にいきますよね。思わぬ方向に展開していく。人間のすごく嫌なところを余すことなく描くタイプの監督さんだなと思います。僕はまだ観ていないんですけれど、「空白」という映画がありまして。松坂桃李さんが主演で、スーパーで万引き未遂事件を起こした中学生の女の子を引き留めようとしたら逃げ出して、その子が交通事故で死んじゃうんです。それで、古田新太さん演じる父親が、娘が万引きするはずがないといって暴走していく。もうあらすじだけでもえげつないなっていう。それで今注目しているんです。

――海外の映画はいかがですか。

君嶋:海外だと、毎作品注目している監督はダルデンヌ兄弟ですね。救いようのない話が多いんですが、どこかに微かに希望を感じるときもあって、それが胸を打つんです。グザヴィエ・ドランも好きです。実は同い年なんですが、才能がありすぎて勝手に同世代の星だと思ってます(笑)。あとはミヒャエル・ハネケも。胸糞映画といえばでよく名前の挙がる「ファニーゲーム」を撮った監督なんですが、それ以外の作品も本当に心にきます。自分が一番好きなのは「ピアニスト」ですね。あのラストシーンは未だに忘れられません。

 他には、ヨルゴス・ランティモスとか、ポン・ジュノとか......海外の映画監督でも好きな人はいっぱいいます。

――ドラマはいかがですか。

君嶋:さきほども挙げた、男女を逆転させたNHKの「大奥」はすごく面白かったです。そもそもよしながふみさんの原作が面白いんですけれど、ドラマも台詞のちょっとした変え方とか繋げ方がすごく上手くて。

 坂元裕二さんも昔から好きです。坂元さんが好きな人はいっぱいいるんじゃないかと思いますけれど。好きなのはやっぱり「カルテット」かな。坂元さんは、もっと前は「東京ラブストーリー」といった、ラブストーリーを書く人だったんですよ。でもある時を境に、話が重くなったり、ちょっと変わったテンポの会話を描くようになって、ドラマ好きはそれを坂元裕二バージョン2と呼んでいるんです。たぶん「わたしたちの教室」というドラマくらいからテイストが変わった気がします。知名度を上げたのは芦田愛菜さんが出ていた「Mother」じゃないかな。全部のドラマは見ていないんですけれど「カルテット」はすごく面白かった。

 それと、渡辺あやさんも好きです。映画の脚本を手掛けることが多い方で、「ジョゼと虎と魚たち」とか「メゾン・ド・ヒミコ」とか。ドラマだとNHKの朝ドラの「カーネーション」を担当されてました。自分が好きなのは「その街のこども」という作品です。阪神大震災をテーマにした話なんですが、震災のシーンは一切描かず、ほとんど二人だけで展開される物語で......なのに、ものすごく心に響くんですよね。

「自作について」

――そこまでドラマが好きなのに、ご自身で脚本家になりたいと思ったことはなかったのですか。

君嶋:なぜかあまり思わなかったんですよね。シナリオ大賞みたいなところに挑戦する方法もあったと思うんですけれど、もともとドラマはみんなで作るものというイメージがあるので、自分は一人でやれることがいいなと思っていた節があります。脚本だとそこから映像をつけたり、いろいろあるので、自分の力だけでは完成できない。小説だと自分一人で最初から最後まで完成させることができので、あまり脚本のほうに興味がいかなかったというのはあります。

――しかも小説ならSFでもなんでも書けますものね。デビュー作の『君の顔では泣けない』は映画化も決まっていますが、不思議な現象が起きる話ですし。

君嶋:『君の顔では泣けない』は、色んな入れ替わりをテーマにした物語に触れたとき、自分だったらこうするなって思ったのがきっかけです。ああいうことが起きた時、自分の家族とか友人のこととか、もっといろいろ悩んだりすることがあるんじゃないかって思って。だったら自分で書こう、という感じだった気がします。

――2作目の『夜がうたた寝してる間に』も、超能力者が出てくる話ですし。

君嶋:さきほど受賞の連絡待ちの時に次作を書こうとしたと言いましたが、その時のアイデアを利用したものです。

――社会の中に超能力者が当たり前のように存在している世界が舞台ですが、超能力者たちは少数派で、異質な目で見られている。高校生の冴木旭は時間を止める特殊能力がありますが、学校で"普通"に見られるよう、明るく振る舞って生きている。でも学校で事件が起きた時に、能力者が疑われて...という。

君嶋:超能力をテーマに書いたのははじめてでした。衿沢世衣子さんの『うちのクラスの女子がヤバい』という漫画に影響されて書いたものなんです。その時は「自分ならこうする」じゃなくて、単純にすごく面白いなと思ってインスパイアされた感じです。この作品は本当になんでもない超能力を持った子が出てくるんです。怒ったら手がイカになるとか、困ったら体に花が咲くとか、そういうどうでもいい能力を使って、日常をすごくうまく描いている作品です。

 変わった能力を出すと同じような感じになっちゃうので、あえて時間を止めるとか心が読めるといった馴染みのある能力を出して、今までみんな気にしていなかったことを書けたらいいな、というところから始まりました。超能力があったら、意外とうらやましがられるよりも敬遠されちゃうんじゃないかな、とか、本人も本当はこんな力要らなかったと思うんじゃないか、とか。そちらのほうにフォーカスさせました。

――その『夜がうたた寝している間に』の刊行インタビューの時に、「次は男らしさについて考えたものを書いてみたい」とおっしゃっていましたね。それが3作目の『一番の恋人』なんですね。道沢一番は「何にでも一番になれるように」という父の願いで名付けられ、父親に見限られたお兄さんの分も「男らしく生きろ」と強く言われて育ち、それなりにうまく生きてきた。でも付き合って2年経つ恋人の千凪にプロポーズしたところ、彼女の返事は「好きだけど、愛したことは一度もない」。千凪は自分が他人に恋愛感情も性的欲求も抱かないアロマンティック・アセクシャルではないかと思い当たっていて...。

君嶋:男性の苦しみを書きたいと思ったんです。というのも、僕、めっちゃエゴサするんですよ(笑)。『君の顔では泣けない』で検索をかけたら、「やっぱり女の人は生きづらいよね」みたいな感想がちょこちょこあって。それは個々の受け取り方なので、それが間違っているというわけではないんです。でもそういう感想が多いということはやはり、女性は生きづらいと思うことが多いんだろうなと感じると同時に、男も生きづらいと感じる時があるよな、と思いました。『一番の恋人』の作中にも出てきますが、運動神経が悪いとか、出世できないとか、そういう時に「男としてどうなの」という感覚が世間に根付いている。男性への男らしさへの強要ってそんなに問題視されていないな、とどこかしら思っていました。

 前のインタビューの時は、そういうことで何か1作書けたらいいなとは思っていたんですが、どう書くかは全然決まっていませんでした。

 どういう時に自分が男であることにいちばん苦しむかいろいろ考えてみて、愛している人に、自分が男だからこそ愛してもらえないとなったら、自らが男であることに苦しむじゃないかなと思ったんです。

――アロマンティック・アセクシャルが先ではなかったんですね。

君嶋:後からなんです。でもそれを装置にしたくなくて、ちゃんと書かないと、とは思っていました。

――そこがよかったです。一番くんの視点だけで話が進むのかと思ったら、千凪さんの視点も出てきて、昔から恋愛ができないことに悩んできたことや、ようやく自分がアロマンティック・アセクシャルではないかと気づき、そこから行動していく様子が描かれるのがすごく切実で。

君嶋:最初は一番の視点だけで一回書いたんです。しかも主人公がお兄ちゃんだったんですね。運動神経も悪いし仕事もうまくいかなくて、でも弟はかなり優秀で。そのお兄ちゃんの恋人がアセクアロマという設定だったんですけれど、編集さんと相談して、主人公を優秀な弟にして、恋人である千凪の視点も入れることにしました。結果的にそっちのほうがよかったなと僕も思っています。

 やっぱり千凪の視点で書こうとしないと、自分でも分からないことが結構あったなと思うんです。その人の主観の視点を書くことで、さらにちゃんと理解しようという気持ちになれるので、あそこは本当に増やしてよかったなと思います。

――さきほどステレオタイプのキャラクターがあまり好きではないとおっしゃっていましたよね。マイノリティにカテゴライズされる人だってみんな違うんですよね。「アセクアロマの人はこう」というステレオタイプの描き方でなく、千凪さんが自分自身はどう生きたいのかを探っていく過程が描かれていくのが刺さりました。

君嶋:そこは確かに意識していました。たとえば男の人が好きな女の人と一口に言っても、いろんなタイプがいるじゃないですか。恋愛観もそうだし、好みとかももちろんそうですし。なのにマイノリティっていう枠になると途端に、「アセクアロマってこういう人だよね」みたいなカテゴライズをされちゃうなと感じでいて。カテゴライズされた中にもいろんなタイプがいるし、マイノリティの中にさらにマイノリティがいるかもしれないし、だから「アセクアロマだからこうだよね」といって終わらせたくないなと思っていました。

――なので、どれくらい取材とかされたのかなと思いましたが。

君嶋:じつは何もしていないんです。ネットでいろいろ調べたりはしましたが、誰かにインタビューしたりはしていません。したほうがいいのかすごく迷ったんですけれど、取材してしまうと、逆に僕の中の知識がそこで固定されてしまいそうだと思って。それこそステレオタイプに寄ってしまうのが怖かったし、あくまでも書きたいのはアセクアロマというより、アセクアロマという性質を持った千凪という人を書きたかったので、だったら変に知識を偏らせないほうがいいと思いました。なので見識が深い方々が読んだら、どう思われるのかは、ちょっと怖くはあるんですけれど。

――恋愛ってなんだろう、結婚ってなんだろう、人の幸せってなんだろう、みたいなことを考えさせて、いろんなステレオタイプの考え方を崩してくれる展開になっている。これはラストは決めていたんですか。

君嶋:決まっていました。絶対にしたくなかったのが、千凪がはじめて好きになった人が一番でした、みたいな結末ですね。それは絶対に嫌でした。

――これまで発表した3作品、まったく切り口は違うけれど、現代的な問題が盛り込まれていると思うのですが、そういうことって意識されていますか。

君嶋:いや、あまりなくて。本当に書きたいものを書いている感じですね。それこそ1作目は入れ替わりをテーマに自分が書いてみたら、というのがきっかけでしたし、2作目は超能力っていいことばかりじゃないよね、という観点からですし。3作目は男性性というところから入ったのでテーマはわりとはっきりしていましたが。

――次の刊行予定はどんな感じですか。

君嶋:直近でいうと、8月に講談社から『春のほとりで』という短篇集が出ます。「小説現代」にちょこちょこ載せていただいたものを1冊にまとめた形です。高校生の話なんですけれど、いやいや高校生っていったってみんながみんな青春ってわけじゃないからな、っていう感じの話です(笑)。収録された6篇とも2人組の話で、教室とか、屋上とか中庭とか、学校のいろんなところで起きる2人の秘密や関係性を書いた感じの連作集です。

 あとはたぶん来年になると思うんですけれど、新潮社さんのほうでちょこちょこ載せてもらったゲイカップルの話が本になります。ゲイカップル本人たちというより、その周りの人の話ですね。友達だったり、元恋人だったり、親だったり。1話ごとに視点がいろいろ変わる内容です。

――『君の顔では泣けない』の映画化も楽しみですね。

君嶋:はい。公開はまだ先ですし、現時点で出せる情報は少ないんですけれど。一度プロデューサーの方と監督とお会いして、いろいろ打ち合わせをさせていただきました。自分でも楽しみにしています。

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