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「日本の政策はなぜ機能しないのか?」書評 数値目標ありきの解決法はない

評者: 前田健太郎 / 朝⽇新聞掲載:2024年08月31日
日本の政策はなぜ機能しないのか? EBPMの導入と課題 (光文社新書 1320) 著者:杉谷和哉 出版社:光文社 ジャンル:ノンフィクション

ISBN: 9784334103767
発売⽇: 2024/07/18
サイズ: 1.1×17.2cm/232p

「日本の政策はなぜ機能しないのか?」 [著]杉谷和哉

 近年、エビデンスに基づく政策形成(EBPM)という言葉が流行している。より有効性の高い政策を作るべく、実験や統計分析で政策の効果を検証する手法だ。では、この手法を使えば政策は合理化されるのか。本書によれば、それは決して簡単ではない。EBPMに類似した発想は以前から存在してきたからだ。その教訓に学ぶべく、本書は歴史を遡(さかのぼ)る。
 本来、実験を用いて政策の有効性を検証する考え方は、政策評価の分野では「プログラム評価」として数十年前から知られてきた。ところが、それが20世紀末の日本に導入された際、数値目標の達成を目指す「業績管理」という手法にすり替わってしまう。その方が、政策の有効性を検証するのに比べて簡単だったのだ。だが、業績管理は有効性よりも効率性を重視し、予算削減に偏りやすい。現場の職員も、組織を守るべくお手盛りの評価に走った。
 本書によれば、EBPMも同じ道を辿(たど)っている。中央省庁の近年の取り組みの主要な部分は、従来の政策評価を衣替えしたものだ。その柱の一つである行政事業レビューは、職員と評価者が口頭で質疑応答する手法であり、客観的なデータに基づくEBPMの理念とは程遠い。政策の因果関係を図示するロジックモデルが活用されているが、あくまで仮説の提示にすぎず、数値目標の設定のために用いられているのが実態だという。
 だが、これは科学的に厳密なEBPMを行えば解決する問題ではない。そもそも、統計データの分析や解釈からは政治的な思惑を排除できないというのが本書の立場だ。より根本的な問題は、せっかく政策の有効性を検証しても、政策決定に利用されないことにある。必要なのは、政策の評価を市民に分かりやすく伝え、政治家を巻き込むことだろう。本書は、専門家主導に流れやすいEBPMを、いかにして民主主義の下で行うかという課題を投げかけている。
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すぎたに・かずや 1990年生まれ。岩手県立大講師(公共政策学)。著書に『政策にエビデンスは必要なのか』など。