ISBN: 9784121028174
発売⽇: 2024/08/20
サイズ: 1.5×17.3cm/264p
「アメリカ革命」 [著]上村剛
18世紀末のアメリカ革命は、日本では民主主義の起源として描かれることが多い。一般的なのは、イギリスの圧政に対して植民地の人々が立ち上がり、自由の国を打ち立てたという物語だろう。だが、こうした見方は建国に携わった白人男性のエリートたちを過度に英雄視するものだ。本書は、最新の研究成果に基づき、このイメージに二つの角度から挑戦する。
第一に、本書はこの革命を民主主義の始まりとしてではなく、世界初の成文憲法の成立として描く。重要なのは、多数の人間が憲法制定に携わったことだ。それ以前は、古代ローマを念頭に、立法者は一人であるべきだとされていたが、アメリカでは植民地を構成する諸邦の代表者が集い、憲法制定会議に参加した。本書は、マディソンのような有名人以外にも多くの立法者を取り上げ、思想のパノラマを描く。
その結果として成立した憲法は、妥協の産物だった。人口の多い邦と少ない邦の利害は鋭く対立し、上下両院への議席配分や大統領の選び方をめぐって最後まで議論が紛糾する。当然、その憲法案には多くの不満が残った。各邦での反対を乗り越えて憲法の批准に漕(こ)ぎ着け、合衆国が成立した後も、連邦議会では大統領の人事権など憲法の運用をめぐる論争が続く。連邦政府の強化に伴う州との権限対立も絶えなかった。憲法体制が完全に定着し、革命が終了するには実に約半世紀を要したと本書は見る。
第二に、本書は革命から排除された人々に光を当てる。人間の平等を謳(うた)う独立宣言に女性の権利は含まれず、憲法制定後も南部は奴隷制を維持した。中でも本書が力点を置くのが、先住民の運命だ。19世紀前半の一大争点は欧州列強から獲得した領土への奴隷制の導入をめぐる南部と北部の対立だったが、それは先住民から奪った土地の分配をめぐる争いに他ならない。「ジャクソニアン・デモクラシー」に至る民主化は、帝国化の過程だった。
以上のように、本書はアメリカの建国に関する伝統的な見方を解体した。それと同時に本書が解体したものが、もう一つある。それは、日本が目指すべきモデルとしてのアメリカ像だ。日本では、昔からアメリカは近代国家の模範として理想化されてきたが、本書はそうした態度とは明確に一線を画す。その背景にあるのは、ポピュリズムに揺れる覇権国としての、今日のアメリカの状況だろう。本書は、等身大のアメリカの姿を描くことで、改めて日本政治のあり方を考えることを読者に促している。
◇
かみむら・つよし 1988年生まれ。関西学院大准教授(西洋政治思想史)。『権力分立論の誕生 ブリテン帝国の『法の精神』受容』でサントリー学芸賞。ほか共編著『歴史を書くとはどういうことか』など。